食事デート
「その後はあんまり覚えてないんだけど、やっとやってきたヒーローに保護されて気付いたら連絡を受けたお父さんに抱きしめられてた。後々、お母さんの現象は心因性の個性暴発だった、って教えられたの。」
正直、愕然とした。そんな事件があったことすら知らなかった。そんな惨事が目の前で起こったのなら、救護室で向けられた泣きそうな顔も、抱きしめられたことも、納得がいく。
「……お母さんの心が弱かっただけ、っていうのもあるかもしれない。でもね、轟くんの氷結の個性が……お母さんの個性と見た目が似てるのもあるからなのかな。轟くんがもしかしたらって思うと怖くて……。」
苗字の顔に影が落ちた。それだけ心配をかけてしまったんだろう。俺はお母さんと話をしてきた。もう大丈夫。そう暗に伝わればいいと苗字の頭に腕を伸ばした。
「知らなかったとはいえ、そんな話させて悪ィ。」
ぽんぽんと頭を撫でれば、弾かれたように顔を上げた苗字と目が合った。その瞳にはもう悲しさの色は無いように見えて安心する。
「ううん、もう大丈夫!轟くんも今無事だし!それに、撫でてもらえた!!でも……もう迷ったまま個性は使わないでね。」
コロコロと表情が変わっていく苗字がなんだか可愛くて、気付いたら苗字が腕の中にいた。苗字は耳まで真っ赤にして硬直している。どんな顔をしているのか知りたくて、体を離して覗き込もうとしたら思い切り目を隠された。
「そ、それより轟くん!!お昼はたべた!?おなかすいてない!?」
目が隠されたまま苗字の声だけが聞こえる。
「まだだけど、どうした。」
「こんなこと聞かせちゃったお詫びと、体育祭2位のお祝いを兼ねて!ご飯食べにいこ!」
「俺が聞いたことだし、お祝いとか別にいらねぇよ。」
「そんなこと言わずに!ね、デートしよ!」
ようやく手が離されて一気に光が目に入る。眩しくて目を細めていたら腕を引かれた。目が慣れてきた頃にはもう苗字の顔は赤くなくて、少しだけ残念だった。
「轟くんの好きなもの食べにいこ!なに好きなの?」
「……蕎麦。あったかくねぇやつ。」
俺の腕を引いて歩いている苗字はとても楽しそうで、そんな気を使わなくていいと言っても聞いてくれそうになかった。
なので、仕方なく。仕方なく好物を答えたら、苗字の顔がぱぁっと輝いた。
「それなら美味しいお店知ってるの!あ、電話しとかなきゃ。」
そう言って俺の腕を離した苗字は急いでどこかへ電話をかけている。随分フランクな喋り方だ。常連であることが伺える。
それにしても電話をいれておかないと食べられないような人気のお店なのだろうか。そんなに美味しいなら俺も通おうか。
などと考えていれば電話を終えたらしい苗字がにこにことこちらを見ている。
「さすがにランチラッシュには及ばないかもしれないけど、轟くんも気に入ってもらえると思う!」
こっちこっち、と苗字に誘われるまま通ったことのない道へと入っていく。近道もあるけど、大通りのほうがわかりやすいと誘導してくるということは、また行ってほしいという願いからだろうか。
初めて通る道は少しだけ新鮮で、いくつか興味を引く店もあった。あそこには帰りにでも寄ろう等と考えながら歩いていたら、どうやら着いたらしい。
概観は、食堂に近い。蕎麦屋というわけではなさそうだ。その店の中に苗字は迷いなく入っていった。
カランコロン、と入店を知らせるベルが鳴る。昼時を過ぎているというのに、まだ客が多いということはやはり苗字の言うとおり、美味しいお店なんだろう。
「お父さん!連れてきたよ!」
苗字の呼びかけに応じて出てきたのは、優しそうな男性。どうやらここは、苗字の家のようだった。
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