父親と決意


「いらっしゃい。名前から聞いてるよ。体育祭2位だった子だろう?まずはおめでとう。」


「轟くん、こっち!ここ座ろ!」


苗字に腕を引かれるまま、一番奥まった二人掛けの席へとかけると、苗字の電話のおかげかすぐに蕎麦は出てきた。


「はい、お待たせ。」


「いただきまーす!」


「いただきます。」


出てきた蕎麦はランチラッシュにも負けないくらい美味しそうだった。お腹も減っていたし、我慢出来なくて手を合わせて箸を手にした。苗字からの視線を感じたが、今は気にしている余裕もない。

ずるずるっと蕎麦を啜る音がやけに大きく聞こえた。それは苗字も食事を開始したからに他ならなかった。苗字が胸を張って勧めたのがわかるほど美味しい。

ランチラッシュと同等か、それ以上かもしれない。いつの間にか無我夢中で蕎麦を啜っていた。気付いたときにはもう最後の一口となっていた。


「ん、うまかった。ごちそうさまでした。」


これは、今後も通いたくなる味だ。とても美味しかった。苗字はまだ食べている。食べ終わって手持ち無沙汰になってしまったこともあり、じっと食べている様子を観察する。

小さい口がもごもごと動いて、小動物のような感覚だ。苗字は俺からの視線に気付いたのか、一瞬目が合ったあと急いで残りを食べてしまった。

二人とも食べ終えたのを見計らったのか、苗字のお父さんが近付いてきた。改めて近くで見ると、本当に優しそうな人だ。クソ親父はやっぱりクソ親父でしかなかったんだと、認識させられる。


「名前、それ片してきなさい。」


「はーい。」


俺のと苗字の、両方の食器を纏めて苗字はお店の裏へと消えていった。そして、苗字の居なくなった席には、お父さんが座っていた。


「改めて、はじめまして。名前の父です。」


「あ……はじめまして。轟です。」


「きみのことは名前からよく聞いているよ。体育祭もテレビで見てたけど、強いんだね。」


にこにこと柔和な笑みを向けられて、俺はどうしたらいいのかわからなかった。ここに来る前に苗字のお母さんのことを聞いてしまったからだろうか。


「雄英に入ってから名前が好きな人が出来たって嬉しそうに言うものだから、ずっと気になっていたんだ。きみみたいな子でよかった。あの子、お母さんの事件から好きなんて何にも言わなかったからね。」


「すみません、お母さんのこと……俺、聞いてしまいました。」


事件は大人ならまだしも、苗字と同じ年の俺が知っているはずなんてないのに、あえて言葉にしたのは俺を試しているのか、もう俺が知っているということを知っているのか。


「名前から聞いたのならかまわないさ。当時はニュースにもよくなっていたしね。僕らくらいの年齢だと知らないほうが珍しい事件さ。ただ、まぁ……知ってしまったんなら、あんまりあの子を悲しませないでやってくれると、父親としては嬉しいかな。」


それは、体育祭での俺の不安定な個性を見てのことだろう。もしかしたら帰宅してから、苗字が怖かった話でもしたのかもしれないが。

今日、俺がお母さんに会いに病院へ行ったのは、そういったことを全て清算するためだ。ぐっと顔をあげて、じっと苗字のお父さんへ視線を送った。


「もう、大丈夫です。迷っていた原因をクラスメイトに気付かされて、向き合わされました。今日は朝からその清算もしてきました。もう、迷いません。」


改めて口にすると、決意が固まったような気がした。それを感じ取ってくれたのか、苗字のお父さんの表情も少し固くなったあと、先ほどまでの柔和な笑みへと戻っていった。


「うんうん、それならよかった。これからも名前が迷惑かけるかもしれないけど、一緒にいてやってくれると、僕も嬉しいよ。」


そう言って席を立った苗字のお父さんのもとへ、洗い物を終えた苗字が戻ってきてデートだなんだと言っていたが、お父さんの手伝えの一言に泣く泣く下がっていった。

俺は一人行く途中に見かけた店へと寄り道をしながら帰路についた。

- 103 -


(戻る)