耳元で聞こえる声
結局あれからスマホに通知はなにも来なくて、不安だけが募っていった。そのせいか訓練にも身が入っていなくてヒーローに怒られてしまった。
なにがあったか詳しく聞かれることはなかったけれど、ヒーローになれば様々な事情が自分や周りを巻き込んで複雑に絡み合ってくる。それが嬉しいこともあれば悲しいことも、やりきれないことも、色々な感情を生むのだと。
それでも、どんなことがあっても、ヒーローはそれら一切の感情を隠して市民のために頑張らねばならないのだと教えられた。
その言葉が深く胸に突き刺さった。人間だから一喜一憂するのは仕方が無い。でもそれを理由にしてはいけないのだ。
考えの甘さを突きつけられたようだった。それからは保須のことも頭から振り払って職場体験に集中した。
ヒーローにもその心意気は買ってもらえたようで、昨日よりもきつーい訓練が実施された。
くたくたになるほど行われた訓練は主に個性の強化や使い方だった。重いものを持ち上げて力の入れ方を学んだり、個性そのものを強化できる訓練法を教えてもらったり。学校の授業だけでは足りなかった部分を確実に補完してくれている。
毎日の鍛錬に組み込めるようにまたメニューを変えなくてはいけない。思い立ったら早くやらなければ気がすまなくなってしまって今すぐ寝てしまいたいほど疲れた体に鞭打ってホテルの机と向かい合った。
現状のメニューをノートに書き出して、追加したいメニューを横に書き出す。効果や体の疲労具合も考えて、恐らく今最適であろうメニューに作り変えていく。
職場体験で学んだトレーニングも交えながら組み替えていくのは楽しくて時間も忘れて没頭してしまった。
ノートの隣に置いたスマホが震えてなければもっと没頭していたに違いない。しかし、登録もされていない電話番号。間違い電話だろうか。
「もしもし……?」
『苗字か?』
「え……?」
『あ、悪ィ。俺だ、轟。緑谷に番号聞いちまった。』
電話から聞こえる声は、聞いたことがあるような声だと思っていた。けれど、まさか轟くんだなんて思わなくて、心臓が飛び出てしまいそうだった。
「え、と、轟くん!?番号は構わないけど、どうしたの!?」
ばっくんばっくんと脈打つ心臓の音が口を通して轟くんに伝わってしまうのではないかと思うくらい、うるさく鼓動を響かせている。
轟くんの普段と変わらない声だというのに電話だから耳元にあてたスピーカーから聞こえてくるせいで、なんだか恥ずかしくなってくる。
『いや……なんか、声聞きたくなって。』
少し小さくなった声だったが、しっかりと私の鼓膜を揺らした。用事があったわけでもないのに、かかってきた電話はオーバーキル気味に私の心臓を攻撃してきた。
職場体験がどうだとか、慣れない土地での活動はどうだとか、他愛ない話ばかりが続いていく。それがなんだか嬉しくて、恥ずかしくて、舞い上がって、そこに隠された真意に気付くことはできなかった。
翌日の新聞で、保須にてあのヒーロー殺しが逮捕されたこと、捕まったのは犯行がよく行われていた路地裏ではない通りの真ん中だったこと、高校生3人が向かいあっていたこと、ヒーロー殺しを逮捕したのは、あのエンデヴァーだったことを知った。
エンデヴァーは、轟くんが職場体験に向かったヒーロー。保須の位置情報だけを送ってきた緑谷くん。もう一人は誰だかわからないけど、これも雄英の誰かだろう。
轟くんが伝えたかった真意をもう確認することは出来ない。それでも、無事でいてくれてよかった。
あぁ、早く轟くんに会いたい。
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