頭のなかを支配するのは


昨日の朝は、正直気分だった。
無意識に事故のときに呼んだ名前が、思いのほかしっくりきた、それだけだ。

学校についたら、呼び出されて、罰受けさせられて。罰受けるのは俺だけでよかったのに、なんでか名前まで受けていて。

日中ちらちらとこっちを見ているのは気付いていた。どうせ昨日の礼だとかクソつまんねーことを言いてぇんだろう。

んなもん欲しくもねぇ。だから、いつもは蹴散らすクソ髪とアホ面を放置しておいた。

案の定、名前が話しかけてくることはなかった。

グラウンド整備も、なにか話しかけられる前に俺から指示飛ばせば大人しく従っていた。

もうこれ以上、名前のことで困惑したくなかったのもある。

先に帰らせるために、メンドクセーのに名前の分のトンボまで持って片付けに行ったのに、名前はまだ教室に残っていた。


なんで先に帰ってねんだよ、クソが。


置いていこうかとも思ったが、暗くなり始めた空の下一人で帰らせるのも、と思ってしまった。

いろいろと話しかけてくるが、俺は今それどころじゃなかった。どうしても名前の泣き顔が未だに頭から離れないのだ。

話もろくに聞かずうるせぇとだけ返す。身が入っていないのは伝わっているようで、なんか拗ねてるっぽい。


「あ、今日このまま勝己の家に行くから。」

「うるせ…は!?ふざけんな、来んじゃねーよぶっ殺すぞ!」


これ以上、俺のスペースに入ってくんな。本能が拒絶を示している気がする。


「勝己の意見なんか聞いてないの!私の不注意でこんなことなったんだから勝己ママとパパにも謝らなきゃいけないでしょ!」

「ンなのほっときゃいーんだよ!昨日だってババァ一言も口にだしてねーわ!」

「だから勝己の意見なんか関係ないんだって!ていうか昨日はほんとありがと!!」


あれだけ避け続けていた感謝の言葉が飛んできた。だからいらねつってんだろ。

朝の曲がり角、ここで俺と名前は違う道を行くはずだったのに、どれだけダメだと言っても、足を蹴っても着いてきた。

舌打ちしながら玄関をくぐれば一直線に自室へと篭る。荷物を置いてベッドに寝転んで天井をぼーっと見ていれば、ババァの声が聞こえる。

勝手についてきたんだからお茶とか知るか。

また思考が名前に捕らわれる。別のことを考えようにもちらつく名前をどこにもやれず、しばらく天井と見つめあった後、ひとつ舌打ちをして、ベッドから起き上がる。

そういえばまだ制服を着たままだったと洗面所で洗濯カゴに脱ぎたての制服をぶち込んで雑念を払うように顔を洗った。音がしないから名前はババァと話してるんだろう。さっきドアの開く音がしたからクソ親父もいるのかもしんねぇ。

どうせ飯が出来りゃ呼ばれるだろうと、また自室へ足を向けた。そしたら顔がぐっちゃぐちゃの名前がいた。んだよ、また泣いたのか。

事故のときの泣き顔に自然とリンクする。芋づる式に、あのとき感じた差を思い出した。

無意識にすれ違おうとした名前の腕を掴み、先ほど自分が顔を拭いたタオルで名前の顔を拭っていた。頭にこびりついた名前の泣き顔を消すように。俺の心を乱す、なにかを消し去るように。

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