怒涛の初日


「よく来たな、焦凍。それに苗字。」


「この度は指名いただきありがとうございます。短い間にはなるかと思いますが、精一杯頑張りますのでご指導よろしくお願いします。」


ぺこりと頭を下げる。目の前でごうごうと燃え上がっているエンデヴァーさんがじっとこちらを見ている。熱気と緊張で汗がじわりとにじみ出てくる。


「体育祭、見せてもらった。まだ戦い方は荒いが、ここで学べることも多いだろう。焦凍と一緒に頑張ってくれ。」


エンデヴァーに声をかけてもらって嬉しくなった。顔を上げればもう視線は私に注がれてなくて、轟くんに向かっていた。ちらりと轟くんを盗み見れば、なんともいえない表情で、僅かに空気がひんやりした気さえする。

先行きが不安でしかないけれど、大丈夫なんだろうか。


「とりあえず二人とも着替えてきなさい。」


しばらくの沈黙のあと、エンデヴァーが口を開いた。先に動いたのは轟くんで、慌ててコスチュームを持って更衣室へと向かった。

女子更衣室で一人になってようやく肺のなかの空気が全部吐き出せたような感覚だ。もそもそと着替えながら轟親子の微妙な空気感を思い出す。仲はあまりよくなさそうだったが、家でもあんな感じなんだろうか。

ヒーローの家系というのも大変なんだろうか。私も今後家庭をもつようになったら、子供はこんな風になってしまうんだろうか。

そこまで考えて、思い浮かんだ子供が勝己との子供で、一気に顔が熱くなってしまった。

顔の熱が冷めないまま更衣室を出ると、轟くんもタイミングよく出てきて熱でもあるのか、なんて心配かけてしまった。いくらなんでもそんな急に熱出たりしないよ轟くん。

そんな余計なことを考えながらだったのに、訓練が始まったらあまりのきつさに別のことを考えている余裕なんてなかった。

轟くんは涼しげにこなしている。もしかして普段からこんな量の訓練をこなしているのだろうか。それなら、あの強さも納得できる。

一日が終わる頃には歩くことすら億劫になるほど疲れきってしまった。ぐったりしたままなんとか着替えて事務所を出たら、先に帰ったはずの轟くんが待っていた。


「大丈夫か。初めてだったらアレきついだろ。」


「思ってた以上にはきつかったけど……さすが轟くんは余裕って感じだね。」


「たぶん明日すげぇ筋肉痛になると思うからしっかり対策しとけよ。」


轟くんからの忠告をしっかりと胸に刻み込んで帰路についた。自宅は少し遠いので、宿泊施設をとってもらった。おかげで疲れきった体で歩き回るハメにならなくてよかった。

轟くんは自宅が近いからと自宅へ帰っていったが、ここからまだそんなに歩ける気力があることに地力の差を痛感した。

今すぐ寝てしまいたい衝動に駆られつつも轟くんの忠告を思い出してシャワーで済ませずに湯船にお湯をためてストレッチをする。すっかり疲労を溜め込んだ筋肉はがちがちに固まっていて、明日以降のことは正直考えたくないくらいだ。

長いようで短い一日が終わってしまって、他のみんなはどんな体験をしたんだろうと布団の中で考えていると、いつの間にか眠ってしまっていたようで、次に気が付いたときにはもう朝で、轟くんが気を使ってくれて起こしてくれたスマホのバイブ音を鳴らしてくれていたからだった。

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