それは魔法の言葉


飯だと呼ばれれば、なぜか俺のいつもの椅子の横に座る名前。飯食って帰る気か。

名前の座る椅子をガンガン容赦なく蹴りながら悪態をついていればババァに殴られた。

結局ババァには勝てず、4人で飯を食った。ババァに言われて送っていくことになったが、名前の泣き顔だの笑った顔だのが頭のなかをぐるぐるして、なにかを言う気にもなれなかった。

そう遠くない名前の家にはあっという間について、一応家に入るまで名前を見ておいてやる。また明日、と声をかけられて無視する気にもなれず、軽く返事を返して来た道を戻っていく。


月は雲に隠れ、暗闇に光る街灯に照らされた名前の顔は、泣きはらして真っ赤で、またひとつ、新たな表情が頭にこびりついた。


「勝己おかえり。名前ちゃん大丈夫そうだった?」

「知らね。」

「アンタも顔ひどいけど、なんかあったの?」

「なんもねーよ。」


うぜぇ。今はとにかく早く一人になりたかった。どうすれば頭にこびりついた名前を消せるんだ。


「そんな態度ばっかり取ってると、名前ちゃんに嫌われるよ。アンタ、好きなんでしょ?」

「は!?んなわけねーだろ!」

「なに悩んでんだか知らないけど、二人で出掛けてでもみれば?名前ちゃんの気分転換にもなるでしょ。」


俺が?名前を?んなわけねぇ!!


ドタドタと足音を立てて自室に引き篭る。頭のなかのいろんな名前は消えたが、代わりに「好き」の2文字がぐるぐるとし始めた。

ふざけんな、オレが名前を好きとかねぇ。アイツはデクと同じ道端の石ころだ。俺が全部ぶちのめして、ヒーローになるための、石ころだ。

そう考えれば考えるほど、「好き」の2文字は色濃くなっていく。クソ親父に呼ばれて風呂に入って、ベッドに入っても、寝るまでずっと「好き」の2文字が頭を支配していた。



そのせいか、いつもより眠れず早く目が覚めた。また「好き」の2文字が頭を支配し始める。クソが、んなわけねぇ。

いつもより早く目が覚めたくせに、いつも通りに準備をしちまったから、いつもより早く家を出ちまった。

このままじゃ曲がり角でも名前に会えねぇなと思うと、自然と昨晩通った道を歩いていた。

出てきた名前は予想より遅く、いらついた。驚いた様子の名前に「気分。」とだけ答えれば通いなれない道で学校へと向かう。

名前が隣にいるだけでまた忘れかけていたいろいろな表情が頭にこびりつく。ババァのせいでそこに「好き」の言葉まで混ざったものだから手に負えない。

電車は相変わらずで、ぐいぐいと人を押しのけながら乗車率を上げていく。流されていく名前がつぶされないよう踏ん張る俺の腕の間に収まったのは、偶然、そう偶然だ。

別に意識をしてそうなったわけじゃねぇから、偶然なのは事実に違いないのだが頭を支配する雑念は、名前が満員電車という状況がそうさせるのか、どんどんと大きくなっていく。

ババァの言うとおりにするのは癪だったが、名前はただの石ころだと頭に叩き込むためにと、電車を降りてまだ雄英生も少ない間に木椰区へと誘った。

名前に拒否権はない。これは俺が授業に集中するため。ひいてはオールマイトも越えてNo.1ヒーローになるために必要なことだからだ。


断じてババァの言うようなデートとかの類では、ない。

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