最後のトリガー


7限終了の鐘が鳴った。荷物は既にまとまっている。動けるようになったらすぐに逃げ……いやいや、帰宅するためだ。

逃げ切っても家まで来られるかもしれないけど、扉を開けなければこちらのもの。


さん、にい、いち……GO!


誰よりも早く鞄を持って、誰よりも早く教室の扉に手をかける。1分1秒でも早く!家に!


第一段階、教室から出るは成功だ。勝己の気配は感じない。それどころか即座に出て来すぎたのか他の生徒の気配もまだ多くない。

このまま一気に、一気に。校舎さえ出てしまえば、走って逃げられる。決死の早歩きをする。


第二段階、下駄箱。靴を取り出して、履き替えて、靴を片付けて、扉を閉める。大丈夫、まだ勝己の声は聞こえない。

あれだけ怒っていたのだ。怒号が聞こえないはずがない。本当ならば回り道をして撒きながら帰りたいところだが、勝己が先に私の家についてしまったら最後だ。

まっすぐ、駅までの道を駆け抜けよう。まだ体力に自信はないが、駅までくらいならきっと走りきれるはず。


第三段階、校門。あとは駅まで駆け抜けるだけ。そう、駆け抜ける……だけ……。


「そんなに急いでどこ行くんだよ、クソが!」


あぁ、神様。どうして勝己がもうこんなところにいるんですか……。

つかまれた襟首は、当然離されるわけもなく引き摺られて校門から引き離される。殺される……!!


「勝己、離し、苦し……!」

「アァ!?知るか!黙って着いてこいや!」

「首、首絞まってるんだって!」

「クソブスが逃げなきゃいいだけだろ!」


つい一週間ほど前まで呼ばれていた呼ばれ方が聞こえてきた。
少し、ほっとした自分がいた。そう、これだ。この関係でいい。この関係がいい。

変に勝己を意識してしまって、今までの関係が崩れて、隣にいることが叶わなくなってしまうなら、少しくらい悲しい呼ばれ方したって、このままがいい。


人気のない校舎裏へとつれてこられた。あぁ……本当に殺される。


「てめー今日のあの態度はなんなんだよ!」

「な、なにって言われても……いつも通りだったよ?」

「どこがいつも通りなんだよ!ぶっ殺すぞ!」

「か、勝己が意識しすぎてるだけなんじゃないの!?ここ数日がおかしかっただけで今までこんな感じだった!」


正確にいえば、ここまで勝己を避けてはいなかった。が、そんなことは関係がない。

そう、ここ数日がおかしかっただけなのだ。

口にしてしまえばストンと落ちた。そうだ、ここ数日がおかしかったから、感覚が狂っていたんだ。

今までは教室で勝己と話すといえば喧嘩が9割だったし、帰りは別々だった。2人でどこかへ行ったりするなんて論外だったし、こうして今、校舎裏なんかで2人でいるのだって、論外だった。


「勝己がなんか変なんじゃん!あの日の怪我だってもうリカバリーガールに治してもらったし、勝己が気にすることないじゃん!」

「うるっせぇ!俺がてめーなんかを気にしてるわけねーだろ!」


ボンッと勝己の手のひらが爆発する。脅されようがなにされようが、言い分を変えるつもりはない。


「ちょっとは出久みたいに優しくなったらどうなの!」


口をついて出ただけで、そう深い意味を持たせたつもりはなかった。

けれど、勝己にとってはそうでなかったようで、勝己の動きが一瞬とまった。

チャンスとばかりに逃げ出して家路についたが、勝己が追いかけてくる様子はない。傷つけてしまったの、だろうか。

もしかしたら、もう二度と今までのような喧嘩も出来ないのかもしれないという不安がよぎる。

壊したくなかった関係を、壊してしまったのは自分なのかもしれない。

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