歩みを止めた歯車


憂鬱なまま朝を迎えれば、いつも通りの時間で更に気分が憂鬱になった。

勝己に会うのが、こんなに怖いと思ったのは初めてだ。


家の前に勝己はいなかった。少しほっとした。

いつもの曲がり角。そこにも勝己はいなかった。やっぱり今まで必死になって築いてきた関係は壊れてしまったのだろうか。

泣かないと数日前に決めたはずなのに、涙が滲む気がした。


学校へと着けば勝己はいなくて、昨日と同じギリギリに来ていた。昨日のようなイライラは全く感じなくて、安心した反面少し悲しかった。

休憩時間に勝己の怒号が飛ぶこともなく、昼休憩となった。財布を手にして、お茶子に先に行ってもらって、私はお手洗いに行っていた。

なんとなく、席はお茶子が取ってくれてるから遠回りでもいいや、と勝己のことばかりを考えていた頭を切り替えるため、中庭の綺麗な空気を吸ってから行こうと食堂への一番近い道を外れて中庭へと向かった。


「あの、すみません……急に呼び出したりしてしまって……。私、普通科の木野って言います。」


すると、すぐ近くから声が聞こえてきた。セリフからして、きっと告白だろう。声がすごく可愛い。これは顔もとっても可愛いんだろうなと思うと、勝己のことも忘れて悪いと思いつつも草陰に隠れてそっと現場を覗いた。

残念ながらこちらは女の子の背中側だったようで可愛いだろう顔を拝見することは叶わなかった。

けれど、一つだけわかったのは、告白されそうになっているのが、爆豪勝己であるという事実だ。

慌てて顔を引っ込めて息を殺す。下手に動いて音を立ててしまったら終わりだ。ただじっと告白の成り行きを眺めるしか出来ない。

少しだけ、勝己がどう返事をするのか気になっている自分がにくかった。


「実は私もヒーロー科受けてて、爆豪くんのことは知ってて、あの……すごいなって、思ってたんです。それで、この間……事故に巻き込まれた女性を、助けてるの見て、」

「あぁ、アレ見てたんか。」

「は、はい!それで、受験のときから爆豪くんのこと気になってたんですけど、あれからずっと爆豪くんのこと考えてて……怒ってばっかりなのかなって思ってたんですけど、あのときの表情がすごく素敵で、もっと色々な表情、見たいなって思って……よ、よかったら付き合ってもらえませんか!」


女の子の声が震えている。どういう結果が返ってくるか不安なんだろう。

私だってそうだ。勝己がなんて返すのか不安で気になる。いつものような怒号が聞こえてきてくれたら、どんなに嬉しいことか。殺した息が、そのまま気配まで消してくれないかと願う。

静寂が周囲を包んだ。過ぎた時間は1分か、5分か、はたまたもっとか。体感時間はそれほどに長かった。


「……悪ィけど、そういうの今はいらねぇ。」


怒鳴るでもなく、無視するでもなく、ただ静かに気持ちを告げる勝己がそこにはいた。

私以外の女の子にはいつもこうなのかもしれない。そう言い聞かせても、普段私が見るのと大きく違う勝己に、心臓は煩いほどばくばくと脈打っていた。


いつの間にか女の子はいなくなっていたようで、殺していた息を無意識に吐き出した。

あとは勝己がいなくなったあと、お茶子の元へ行けばいい。予定よりも少し遅くなったけど、こればっかりは仕方がない。

お願いだから勝己は早くどっかいって……!

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