頭の中を占めるのは


ずっと昨日言われた言葉の意味を考えていたせいか、いつも家を出ている時間はとうに過ぎていた。今行けばギリギリ間に合うかと、靴を履いて数日振りになった通いなれた道を歩いていく。

いつもの曲がり角に差し掛かったとき、また名前が待っていてくれるんじゃないかと少しだけ期待したが、期待はあっけなく砕かれた。


『ちょっとは出久みたいに優しくなったらどうなの!』


なんであそこでデクが出てくんだとか、ここ数日は優しくしてやっただろうがだとか、言い訳じみたことはいくらでも出てくる。

名前があの言葉を発した意味がわからなくて、むしゃくしゃしたまま歩いていればいつの間にか教室の前だった。

昨日と同じいつもよりギリギリのタイミングで扉をあければすでに名前はいた。

昨日のように俺を避けて学校へ来たのかどうかを気にする余裕もなかった。

考え事をしていたせいか、4限も終了間際で腹がへって気がついた。

鳴り響く鐘を聞いて、丸顔と一緒に教室を出て行った名前を見たらすぐに食堂に行く気にもなれず、ブラブラしていたら見たことねぇモブに声をかけられた。

どこか意を決したような表情のソイツに絆されたわけではなかったが、なんとなくデクならきっと着いていくんだろうなと思ったら無視する気にもなれず、中庭へと連れて行かれた。


「あの、すみません……急に呼び出したりしてしまって……。私、普通科の木野って言います。」


何のようだと声を上げようとしたその瞬間、モブ越しに名前の姿が見えた。すぐに消えたそれは名前のことを考えすぎたが故の幻かと思った。

俺より先に食堂にいったとはいえ、もう食い終わってこんなとこにいるはずがないと思ったからだ。


「実は私もヒーロー科受けてて、爆豪くんのことは知ってて、あの……すごいなって、思ってたんです。それで、この間……事故に巻き込まれた女性を、助けてるの見て、」

「あぁ、アレ見てたんか。」

「は、はい!それで、受験のときから爆豪くんのこと気になってたんですけど、あれからずっと爆豪くんのこと考えてて……怒ってばっかりなのかなって思ってたんですけど、あのときの表情がすごく素敵で、もっと色々な表情、見たいなって思って……よ、よかったら付き合ってもらえませんか!」


名前の幻が見えた場所をじっと見ていたら、モブが話を進めてた。このモブが言ってるのは名前が下敷きになりかけたあの件だろう。それくらいしか心当たりがない。

興味無さげに返事を返せば、それが嬉しかったのか、震えていた声に元気が戻ったように聞こえた。ずっと俺のこと考えてたとか他にも考えることあるだろ、コイツ大丈夫かと聞き返したくなる。


でも、待て。俺は最近ずっと誰のことを考えていた?あのときの表情?今でも頭にこびりついて離れない名前の泣き顔?それとも木椰区で見た色づいた頬?それとも、いつも見ていた名前の笑顔?


ぐるぐると、名前の色々な表情が頭を駆け巡る。そしてババァに言われた“好き”ということ。目の前のモブは俺を“好き”で、俺のことを“ずっと”考えていたということ。

1つ、結論が見えたような気がした。


「……悪ィけど、そういうの今はいらねぇ。」


俺がそう告げたらモブはありがとうとだけ言ってどこかへ行ってしまった。

気付きたくなかった結論、いや仮定だ。本当に結論とすべきにはまだ早い。

とりあえず、さっきの幻が幻じゃなかった場合、本当の結論を求めるために何かできるんじゃないかと草陰に向かって行けば、そこに腕を突っ込んだ。

何事もなければここにネコでも居たことにすればいい。そう思っていたら割と早くに温かいなにかに触れた。ぐっと持ち上げれば幻ではない名前がそこにいた。

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