確実に一歩
「覗き見とはいい趣味してんじゃねーか。」
「た、たまたま通りがかって。勝己ってば……モテるんだね?」
「てめーは普段どこ歩いてんだ。こんなとこたまたまいるわけねんだよ。」
渡り廊下ならまだしも、ここは草陰だ。それに食堂とはほぼ真逆にある。それをたまたま通りがかるなんて、信じられなかった。
先ほど頭に浮かんだ一つの仮定がぐるぐると回り始める。
いや、まだ結論を求めるのは時期尚早だ。
「の、覗いたのはごめん!悪かった!でも中庭に来たのはほんとたまたまで!!」
観念したのか謝罪の言葉が飛んでくる。それでもなお、たまたまと言い張る名前にイライラする。
「丸顔と食堂行ってたんじゃねぇのか。」
「丸顔ってお茶子のこと……?教室は出たけど、私はトイレ行きたくてお茶子には先に行っててもらって……ちょっと考え事してたら頭がいっぱいになっちゃったから深呼吸でもしようかなって……?ていうか、よく見てたね?」
つらつらと並べられる言い訳に嘘は感じない。名前は嘘があまり得意ではないから、きっと本当なんだろう。考え事っつーのが、誰のことを考えていたのか気になったのが、また一歩仮定を結論へと近付けた。
「うるっせぇ!たまたま見えたんだよ!」
「ちょ、怒鳴ることないじゃん!」
至近距離で声を荒げたせいか、名前は耳を塞いでいる。テメーが変なこと言わなきゃこんな大声もださねぇよ。
「ていうか勝己、女の子に優しくすること出来たんだね?」
「アァ!?出来るわ。クソが!」
「そんな勝己くんに問題です。私の性別はいったいなんでしょうか!!」
いつも俺を馬鹿にするときの呼び方が聞こえてきた。ふざけてんのか、んなもん誰でも正解できるだろ。
「んなもん女だろうが!」
「正解です!!なら私にも優しくしてくれてもいいと思うの!!」
「……デクみてぇにか。」
名前の言葉と、昨日の名前の言葉がリンクする。昨日は動揺したが、今日は名前を掴んだ手を離すつもりはねぇ。
「出久……?」
俺は今朝からずっと悩んでいたというのに、名前はなんのことだかわからないらしい。さっきまでの怒った険しい顔はどこへやら、きょとんとしてる。
クソが、新しい表情見せてんじゃねぇぞ。
「テメーが昨日言ったんだろうが。」
「あ、昨日の!?やだ勝己そんなこと気にしてたの?」
「ぶっ殺すぞてめぇ。」
びきびきとこめかみが引きつるのがわかる。そんなことだと?
名前にとって、昨日の言葉は大した意味を持っていなかったようで、俺の言葉で合点がいったらしい名前の顔は最高にむかついた。
てめぇのその一言で俺がどれだけ悩んだと思ってんだ。
「女の子に優しくしてるの、一番身近で想像しやすいかなって思ったんだけど……?」
今まで俺の耳に入らなかったわけじゃなかった。ガキの頃から一緒だった俺とデクと名前。女っつーのは変なやつで恋愛だなんだと早いうちから煩かった。
当然名前自身の話にもなるわけで、所謂幼馴染みというやつの俺とデク、どっちがいいか、なんて話によくなっていた。
『勝己よりも出久のほうがいい。だって優しいんだもん。』
その度に俺はてめーなんてこっちから願い下げだと1人心の中で呟いていたのだが、デクに負けたみてーで好きじゃなかった。
別に名前が好きだからというわけじゃない。そのときはただクソナードのデクにどんな内容であれ負けるというのが嫌だった。
ずっと心のなかでつかえていた1つの負けを刺激された、そんな感覚だったのに名前はもうそんなことを忘れていたのか、それともそれすら意味など持っていなかったのか、今目の前で名前は不思議そうな顔をしている。
今日一日の俺の苦悩は呆気なく解決した。あとは一つの仮定を結論へと持っていくだけだ。
「帰り、先に帰ったらぶっ殺す。」
言うだけ言えば、名前を離して食堂へ向かう。これでまた避けやがったらぶっ殺す。仮定を結論へと確定させるのは、今日の帰り道だ。
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