未来


鋭児郎のオフの日から数日がたった。テレビの類はないので、月明かりをつかってスマホを使って流れていく情報をぼんやりと眺める。

“約束”の日が近いからか、敵絡みの大きなニュースはない。平和なものだ。平和の裏で巨大な闇がうごめいているのを、ヒーローしか知らない。

そのヒーローですら、うごめいているという事実を知るのみで、詳細など知らないことは、もうわかっている。

面白くも無いニュースを上から下へとスワイプしながら、サムネイルに赤が見えると止めてしまう。

鋭児郎ではないかと、期待してしまう。

しかし、実際は指が止めたニュースのほとんどがイケメンヒーローと名高いショートの記事だった。

整った甘いマスクが、女の子に人気らしい。彼もまた、私の作戦のターゲットになりえたかもしれない人物だ。

そうならなかったのは、単純に私の好みじゃなかったのと、警戒心の高そうな彼は私の個性との相性も悪そうだということで早々にリストから削除された。

今となっては、こっちにしておけばここまで苦悩することはなかったのかもしれない。

かちりと、時計の針が動いた。間もなく真上を指し示す頃だ。ちっちっと動く秒針をしばらく眺める。早く起きてもすることはないが、このまま起きていてもすることがない。ならば規則正しく寝てしまおうとスマホを枕の横に投げて体を重力に従わせる。

と、同時にスマホが震えだす。

画面を見るとボスの名前。間違いなく指令で、内容は“約束”の日を告げるものだろう。慌てて飛び起きて、震える指先で内容を確認する。

日時は2日後。人も多く行きかう朝の9時に、ヒーロー事務所も多く集う東京のど真ん中で大爆発を起こし、平和を終わらせる戦争を開幕しようという魂胆らしい。

あえてそんなヒーローの集いやすいところにするのは、ひとえにヒーローが近くにいようと関係がないという意思の表示。それと、ヒーローが近くにいるという慢心した一般人の心に恐怖を植えつけるためだろう。


ごくりと唾が喉を通りにくそうに落ちていく。指定された場所は、鋭児郎の事務所も近い。爆発に巻き込まれることも、あるかもしれない。

鋭児郎の個性なら、巻き込まれても怪我はないかもしれない。けれど、とっさの硬化が間に合わないことだってあるかもしれない。

ぐっと握り締めた拳が手のひらの感覚を奪っていく。

決めかねていた別れの言葉を起きたら、伝えなければ。鋭児郎からまだ休みの日の連絡は来ていない。やはり、間に合わなかった。けれど。どうしても顔を合わせて伝えたかった。

痕跡を残さぬよう、ボスのメールは削除をした。その指で鋭児郎の連絡先を探す。

数日前にやりとりをした、なんでもない会話の下に、「明日会いたい。」とだけ送信して、スマホの明かりを落とした。

返事が来ても、気付きたくなくてわざと電源を落とした。

失ったのは、平和ボケした退屈な、それでいて幸せな、未来。

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