夢の中の現実
いつもと同じ時刻に家を出る。今日は財布を持ったし、勝己に返すためのお金も入れてきた。昨日無視したし、朝から怒鳴られるだろうな。
「おいコラ、ブス!テメー昨日のこと忘れてねェだろうな。忘れてたらぶっ殺す。」
「わぁ、たいへん!明日の新聞の一面に勝己が載っちゃう!よっ、有名人!」
「ぶっ殺す!!」
ボンッと早速手を爆発して見せる勝己は本当に短気だ。短気は損気という言葉を知らないのだろうか。
ともかくこれ以上からかったら怪我の一つくらいはさせられるかもしれないので、立ち止まって鞄を探る。
勝己は私が立ち止まったのに気付かなかったのか、しばらくしてから立ち止まったようだ。
愛用の財布から千円札を取り出せばまた足を進める。進めた、つもりだった。
頭上から鈍い、亀裂の入るような音が聞こえた。周りから小さな悲鳴が聞こえた。見上げたら、大きな瓦礫が私に、迫っていた。
死を覚悟した。個性を使っても、私の個性では重力に従う大きな瓦礫の威力を消せはしない。逃げようにも恐怖が先立つのか足が動かない。人はいいようのない恐怖を感じたとき、こんなにも体が硬直するのかと、余計な思考が生まれる。遠くで、勝己が私を呼ぶ声も聞こえる。これが、走馬灯というやつなのか。だって、勝己が私を名前なんて呼んだの、もう何年もないんだもの。
次の瞬間、私は温かく甘い香りに包まれていた。それがなにかなんて判断出来なかった。ただ、すがるようにそれにしがみついた。
自分が生きているのか、死んでいるのか、それすらもわからなかった。
まず最初に戻った感覚は聴覚だった。周りから大丈夫?周囲に怪しい人物は?という声が雑多に聞こえてくる。
あぁ、生きているのか。安心したら、ポロポロと涙が零れてきた。悲しくなんてないのに、止めることが出来ない。
甘い香りの白い布が、涙で濡れていく。顔を上げれば、至近距離に見えるのは勝己の顔で、香りの正体が勝己の汗の匂いだとわかった。
勝己の表情は、どこか強張っている。大丈夫、私生きてるよ。勝己に助けてもらったんだよ。声を出そうにも、上手く音にならない。
仕方がないのでもう一度強く、強くしがみついた。勝己の表情が少しだけ和らいだ気がした。
感覚が完全に戻る頃には既に警察も到着して、数人のヒーローの姿も見えた。
勝己はというと、状況を説明しているのだろうか、警察とヒーローと話をしているのが見えた。
その隣には地面に突き刺さるように見える瓦礫があった。あれが自分の上に落ちてきたのだと思うと、体が震えた。
勝己が助けてくれなかったらどうなっていたのかなど、考えたくもなかった。止まっていたはずの涙が、また溢れ出した。
涙が止まるころには、既に勝己の姿はなく、私は警察に連れられて自宅へと戻ってきていた。警察の話によると、勝己は学校へ行ったらしい。また、今回のことは敵による事件ではなく、解体工事中のビルが崩れた事故らしい。
時間がたてば、冷静さが戻ってきた。
運良く勝己に助けてもらえたからよかったものの、一歩間違えば勝己も怪我をしていたかもしれない。私も勝己も無事ですまなかった可能性だってあるのだ。
それに個性だって、どうして瓦礫をどうにかすることしか考えられなかったのだろう。勝己ほどではないものの、水を使って推進力を生み出すことだって出来る。
そもそも個性を使わずとも、走って逃げることだって出来たはずだ。
冷静になればなるほど、動けなかった自分が悔しかった。これでヒーローの卵だなんて、まだ数日とはいえ、なんのために訓練をしているのか。
ただただ、悔しくて、不甲斐なくて、本日三度目となる涙が頬を伝った。
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