母親は何より強い


『あんた、名前ちゃんとこで何してんのよ。』


「うるせぇ、ほっとけ。」


一度は無視した電話が、また鳴った。表示される番号は間違いなくババァのもので出るか迷った。しかし、ここまで来られるのはなんとなく嫌で、仕方なく電話に出た。


『名前ちゃんに変なことしてないでしょうね。手なんて出してたら晩御飯抜くよ。』


このババァは一体どこまで知っているのか。ババァの言葉に正直どきっとした。決して手を出しにきたわけではなかったが、昨日のモヤモブに飛ばされたときクソ髪に抱きしめられていた名前を見てイラついた。

モヤモブをぶっ殺しにいくつもりのときもクソ髪の肩をもつみてーで、イラついた。

全部終わってからクソ髪が名前に謝るとか言うから肩掴んだら払われて無視されて、イラついた。

行きは隣に座らせたのに、帰りは座らせられなくて、名前の代わりに隣に座ったクソ髪がずっと名前のことを口にするから、イラついた。

イライラしたまま帰っていたら、不意に仲直りしたんだといわれていたあの日のことを思い出して、名前がクソ髪ともっと話したいと言っていたことを思い出した。

もしかしたら、俺が最近知った感情を名前はクソ髪に、クソ髪は名前に抱いてるんじゃないかと思ってしまった。

後者は別にいい。ただ前者だった場合、嫌で嫌でたまらなかった。ただ、それを確かめるには名前に直接聞くしかなくて、気付いたら名前の家の前にいた。

ただ、それを問うたところで、何故と聞かれれば終わるし、答えてもらえたところで望まない答えだった場合どうしたらいいかわからなくて、口に出来なかった。

ただ、それだけなのだ。


「なんもしてねーし、しねーわ。」


『あっそ。なら買い物付き合いなさい。どうせだから、名前ちゃんも夕飯誘って。昨日あんなことあったんだから、名前ちゃんも大変でしょ。』


言うだけ言ってババァは電話を切ってしまった。


「あれ、勝己ママ電話きれちゃった?」


スマホをポケットにしまって立ち上がったら、リビングの入り口に名前がいた。手には大きな袋が握られていた。

名前も買い物にいくならいいかと、すれ違いざまに名前の襟首を掴んで玄関に向かった。


「行くなら一緒に行くぞ。」


少し引っ張って離せば後ろをついてくる名前に満足して、来るまでに抱いていた不安は少しだけ晴れていた。

朝、いつも名前と落ち合う場所まで行けば、ババァがいて名前と何か話している。荷物持ちなんてダルくてしかたなかったが、名前も一緒にいるならそれも悪くないか、なんて思っていたら、頭が叩かれた。


「あんた、名前ちゃんにご飯食べにおいでって言っといてって言ったでしょ!」


「アァ!?連れてきたんだからいいだろうが!」


「ごめんね、名前ちゃん。まともに言伝も出来ないようなバカで。」


ババァと名前の会話は結局スーパーに着くまで終わらなくて、日用品が買いたいからと別行動をした名前が日用品のフロアへ行って強制的に終了した。


「勝己。」


「ンだよ。」


「あんた、告白してなかったんだね。」


ババァの一言に噎せた。周囲の視線が突き刺さったが、そんなの関係なかった。


「名前ちゃんと話しててなんかおかしいなって思ったんだよ。付き合ってない一人暮らしに近い女の子の家行くなんてなに考えてんの。」


ぐさぐさとババァの言葉が突き刺さる。そう簡単に言えるものではないのだ。今は、デクの野郎にだって、半分野郎にだって、全部全部勝って俺が一番にならなきゃいけねぇ。

その隣に名前がいればいいとは思うけど、今のままだってきっと名前は隣にいてくれる。

名前が俺のことをそう見てない以上、そう簡単に壊せる関係じゃないのだから。

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