疑問と葛藤


日も斜めになった帰り道、足は自然と今朝の事故現場へと向かっていた。

当然ではあるが、落ちた瓦礫は既に撤去され、何事もなかったかのようにモブ共が往来している。

「今」が平和なのは、ひとえに今朝の事故が事故たる所以だろう。

俺は名前を「助けた」事実に安心してしまった。それが事故であるか、事件であるかなど、考える余裕もなかった。

ただ、名前が無事でいてくれてよかったと、そればかりが頭を支配していた。


もしあれが敵によるものならば、オレはすぐに交戦出来ただろうか。

もし瓦礫の下敷きになりそうなのがモブなら、俺はあそこまですばやく動けただろうか。


予測の範囲を出ない疑問と反省がぐるぐると渦巻く。

ヤメだヤメ。名前の泣いてる顔なんて初めて見ちまったから、名前と己の差を感じちまったから、動揺してるだけだ。



家について、飯を食って、風呂に入って。
朝のことはババァにも伝わってるはずなのに、何も言われなかった。

今日は治癒の疲労もあっていつも以上に疲れた。疲れているはずなのに、何故か一向に眠れなかった。






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「勝己!おはよ!」


いつもの曲がり角。既にそこに名前がいて、壁にもたれかかっている様子を見れば、恐らく俺を待っていたんだろう。

クソが。

結局眠れなかった。名前の泣き顔がずっとこびりついて、離れなかった。


「うるせえ。」


昨日の泣き顔なんて幻だったんじゃねぇかってくらい、名前はいつも通りだった。


「勝己、目やばいよ?まっかっか。」

「うるせえつってんだよ!クソが!」


いつも通り、蹴ってやろうと狙いを定める。と、目に入ってくるのは小さな絆創膏。よく見れば何枚も貼ってある。

いつの間にか通り過ぎていた事故現場よりも、昨日の事故を物語る絆創膏。

舌打ちをして蹴るために出した足を引っ込めた。


「ちょっと勝己待ってよ!」


怒りに任せてズンズンと突き進む俺を追いかけてくる。昨日感じた差を、また感じる。
いつもは無意識に合わせていたから気付かなかった。俺の一歩が、名前には一歩半ほどあるようだ。


「もう!今日の勝己変だよ?昨日のことなら大丈夫だから!」

「んなこと気にしてねンだよ!黙ってろ!」


駅についてしまえば、いつも通りの電車に乗り込む。満員のソレは不快感しかうまねぇが、これしか移動手段がないので仕方ねぇ。

駅に着くたびに人に流されそうになる名前の襟首を時々掴んでは、不快感を押し殺す。

今日はいつも以上にふらつくし、流される名前は、やはりまだ本調子じゃないらしい。


電車を降りて、いつもならば置いていく名前を今日ばかりはそうしなかった。


「あれ、勝己今日は置いてかないの?」

「そのクソみてェな足じゃ、遅刻すんだろ。」

「やっぱり気にしてるんじゃん!大丈夫だって。」

「うるせえ。ババァに言われてんだよ。」


言われてなんていないが適当に誤魔化せば、納得したのか大人しくなった。

最初からそうしとけや、クソが。

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