上に立つもの噛みつくもの


「何ごとだあ!!?」


授業も終わって帰ろうと鞄を持ち上げたらお茶子の声が響いた。早く帰って個性の練習をしようと思っていたのに、ドアを挟んだ向こう側にはそれはそれはたくさんの人が集まっていた。


「出れねーじゃん!何しに来たんだよ。」


「敵情視察だろ、ザコ。」


叫んだ峰田くんを一蹴する勝己はズンズンと人だかりに向かって歩いていく。勝己の後ろをついて歩いていれば出れると踏んだ私は勝己の背後にぴったりとくっついて歩いていく。


「敵の襲撃を耐え抜いた連中だもんな。体育祭の前に見ときてえんだろ。意味ねェからどけ、モブ共。」


何様だよ勝己様、と思いながら口の悪さをたしなめるように後ろから小突く。背後で飯田くんも怒っている。


「こういうの見ちゃうとちょっと幻滅するなぁ。」


人ごみを掻き分けて勝己の目の前まで出てきた人がいて、あの勝己に噛み付くなんてすごいなぁと顔だけ出して勝己の後ろから覗き込んだ。

あれ、なんかどこかで見たことある。……あぁ、そうだ。入試のときロボに襲われかけてたから助けた人だ。

私を見て、羨望と憎悪の混じったような表情をしたから、よく覚えている。


「敵情視察?少なくとも普通科は調子のってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつー宣戦布告しに来たつもり。」


勝己に向かってはっきりと言い放った彼は、たぶん強い。入試にいたけど普通科にいるということは落ちたんだ。あの時私に向けられた視線は、個性相性によるものだったのかもしれない。

そう思わせるほど、今の彼からは自信のようなものが感じ取れた。


「隣のB組のモンだけどよう!!敵と戦ったっつうから話聞こうと思ってたんだがよう!エラく調子づいちゃってんなオイ!!」


目の前の彼から感じる恐怖にも似た感覚を吹き飛ばしたのは、人ごみから顔だけを出しているB組の人だった。

ぎゃんぎゃん騒いでる様子はちょっとだけ勝己を思い出させる。勝己はばかばかしいといった表情で止めていた足を進ませた。

グイっと人ごみを強引に掻き分ける後ろに張り付いて道を確保する。


「待てコラどうしてくれんだ。おめーのせいでヘイト集まりまくっちまってんじゃねえか!!」


切島くんの言葉が聞こえる。最もだ。だけど、きっとそれは。


「関係ねえよ。上に上がりゃ、関係ねえ。」


「こういうのは、トップに立てば立つほど向けられる。噛み付いてくるのは、それだけ私たちを上だと思ってる証拠なんだよ。本当に強くなりたい人は、こんな無駄なことしてないで、鍛錬でもしてるんじゃないかな。」


ふっと笑えば、周囲は押し黙ってしまった。心のどこかで思っていたのかもしれない。遠くの人たちからばらばらと帰っていくのが見える。

勝己の掻き分けていく道を辿って人ごみを抜ければ体を大きく伸ばした。


「てめぇが煽ってんじゃねぇよ。」


「だって、2週間しかないのに練習する時間が減っちゃう。時間は有限なんだよ。」


まさか勝己に窘められることになるとは思わなかったが、間違ったことを言ったつもりはない。

相澤先生の口癖を真似ながら、ばれないようにすれ違う人たちを使って、汗の蒸発をさせて個性を使っていく。

これも練習だ。凝縮すると見えてしまうから、蒸発だけ。どれだけ連続で蒸発させ続けられるかを課題に取り組んでみる。

帰ったら凝縮の練習をしなくては。

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