秘密の盗み聞き


最終種目の前にひとまず昼休みだ。せっかくだから轟くんと食べたい。今日はあんまり轟くんと話せてなくて轟くん不足なのだ。

ぞろぞろとみんなが歩いているなかに轟くんの姿を探してみるも、見当たらない。どこかへ行ってしまったんだろうか。

そっと列を離れて会場内を走り回る。一体どこへ行ってしまったんだろうか。

ばたばたと一通り駆け回っていたら爆豪くんがいた。あんなところでなにをやっているのかはわからないが、もしかしたら轟くんを見たかもしれない。


「爆豪くん、轟くん見なかっ……!?」


私に気付いていないみたいだったから近寄ってからそっと声をかけてみたものの、何故か突然口を塞がれた。

もごもごと反論したら軽く頭を殴られた。軽くといっても爆豪くんがよく男の子を殴っているのに比べると、なのでそれなりには痛かった。


「個性婚、知ってるよな。」


痛みに悶えていたら、すぐ隣の通路から轟くんの声が聞こえた。しかし、その声は冷え切っていて爆豪くんが私の口を塞いだ理由がなんとなくわかったような気がした。


「“超常”が起きてから、第二〜第三世代間で問題になったやつ……自身の個性を、より強化して継がせる為だけに配偶者を選び……結婚を強いる。倫理観の欠落した前時代的発想。」


話には聞いたことがあった。私たちの親の時代。大問題になったんだとテレビで特集が組まれたりしていた。

幸いなことに私の親も、親戚も、地域にも、そういった人はいなくてどこか御伽噺のような、そんな感覚だった。


「実績と金だけはある男だ……親父は母の親族を丸め込み、母の個性を手に入れた。」


静かに、まるで轟くんの右側を想像させるような冷たい声がだんだんと震えていく。覗き込んでしまいたい衝動を押さえ込んで、爆豪くんにもう口を塞ぐ必要はないと意味を込めて軽く腕を叩いたら離してくれた。


「俺をオールマイト以上のヒーローに育て上げることで、自身の欲求を満たそうってこった。うっとうしい……!そんな屑の道具にはならねえ。記憶の中の母はいつも泣いている……。「お前の左側が醜い」と、母は俺に煮え湯を浴びせた。」


震えていた声は、少しずつ恨みや怒りが混ざりこんでいく。こんな声、聞いたこと無い。


「ざっと話したが、俺がおまえにつっかかんのは見返す為だ。クソ親父の個性なんざなくたって……。いや……使わず“一番になる”ことで奴を完全否定する。」


轟くんが頑なに左側を使わないのは、こういうわけだったのだ。別に轟くんは個性を使っていたわけじゃない。だというのに、騎馬戦で温まっていた体はすっかり冷え切っていて、無意識に自分を抱きしめた。

お姉さんが食事を作っているのも、きっとこれが原因なんだ。うっかり聞いてしまわなくてよかったと、心底自分を褒めたくなった。


「言えねえなら別にいい。おまえがオールマイトの何であろうと、俺は右だけでお前の上に行く。時間とらせたな。」


少しずつ声が遠くなっていくのがわかる。しかし、内容は右から左に抜けてしまって頭に滞留しない。

こちらに来なかったことに安心したのか、力が抜けてへなへなとその場に座り込んでしまった。

畏怖すら感じるほど、轟くんはお父さんを、エンデヴァーを憎んでいて、その力と同じである左側を嫌っている。そんな事実が私に突き刺さる。

ただ、初めて知る轟くんの一面を嫌いだとか、そういった感情は全く生まれてこなかった。

今日知った轟くんも、いつもの轟くんも、まだ見ない轟くんも、全部全部含めてきっと恋をしているんだ。

- 89 -


(戻る)