とある朝の一ページ


「焦凍くん、起きて。」


心地いい眠りを妨げたのは、愛しい名前の声。オフだというのに規則正しい生活を送る名前は朝食も作ってくれたようで、いい香りが漂ってくる。

名前を布団に引きずり込んで二度寝してしまいたいが、せっかくの朝食を無駄にするのは良くない。

のそのそと体を起こして大きく伸びをしていると、名前が頬に柔らかい唇を押し当てる。いつもの日課だ。


「おはよ、焦凍くん!」


眩しいほどの笑みを浮かべて俺が起きたのを確認した名前はぱたぱたとリビングへと戻っていった。寝ている間に乱れた服を調えて、目を覚ますために洗面所へと向かう。

今日の朝食はなんだろうか。お義父さん譲りの料理の腕前を持つ名前の作る食事はいつも美味しい。


「いただきます。」


「いただきまーす。」


あれやこれやと香りを頼りに朝食を想像しながらリビングに戻ればちょうど出来上がったところらしく、美味しそうな朝食が並んでいる。

なにか手伝おうかと思ったが、もう名前も席についていたので俺も隣に腰掛け、朝食を食べ始める。いつも通り、美味しい。





名前の作ってくれた朝食を食べて、食後のコーヒーを入れようとした。が、コーヒーの容器が空だ。

どこかに詰め替え用があったはずだが、キッチン周りの片付けはいつも名前がしてくれているからなかなか見つけられない。


「なぁ、名前。コーヒーの詰め替えってどこに置いてある?」


「コーヒーなら確かこの辺に……、」


洗い物を終えて手を拭いていた名前に問いかける。すぐに思い当たる場所があったのか俺からすれば調度いい高さの戸棚に手を伸ばしている。

しかし、高校時代からあまり伸びなかったらしい名前の身長は俺からすればとても小さく、すなわちそれは家具の上の方を触れるのに個性を使うか、背伸びをしなくてはならないということ。

戸を開けるだけならば個性を使えばいいのだが、その中から特定のものだけを取り出さなければならないときは背伸びせざるを得ない。


「ここか?」


必死に背伸びをして中を覗き込む名前に覆いかぶさるように中を覗き込めば、奥のほうに詰め替え用のコーヒーがある。

名前を押しつぶしてしまわぬように片腕で名前を抱きしめながら棚の奥へと手を伸ばす。必然的に名前の背中と密着する。

背中から感じる体温は少し熱い。理由が分かっているから、どうしてもからかいたくなる。


「名前?」


「へっ!?な、なに!?無かった……?」


声がかかるとは思っていなかったのか、名前の声が裏返っていた。それが無性に愛しくて掴みかけたコーヒーを一度置いて代わりに名前を抱きしめた。


「名前、好きだ。いつもありがとな。」


出会った当初は飽きるほど毎日好きだと言われ続けたものだ。付き合ってからもそれは変わらなかったし、結婚した今も変わらない。

ただ一つ変わったことといえば、こうして俺から迫ったときに顔を真っ赤にして固まってしまうこと。

自分から行くのはいいのに、俺からこられると恥ずかしくなってしまうのだと、付き合ってすぐに打ち明けられた。だから、おはようのキスもされるままで俺からさせてもらったことはまだ一度もない。だが、それがまた愛しくて、こうしてからかってしまうのも仕方の無いことなのだ。


「と、とどろきくん……っ!」


苺のように真っ赤に染まった耳へ口づければ、名前はもうパニックだ。懐かしい呼び名が聞こえてくる。


「もう名前も轟だろ。」


「え、あ、そう……だった……!」


どうせ今日は二人ともオフだ。コーヒーはもうどうでもいい。都合のいいことに今日の予定だってない。名前を抱き上げて寝室へと向かう。もう少しだけ、名前をからかって遊んでから、目一杯に愛そう。今日はまだ始まったばかりなのだから。

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