儚く綺麗で脆いもの


※少しお下品な回なので注意






チョロ松くんがやってきてからは驚く早さで物事は片付……かなかった。

チョロ松くんは私とご兄弟の間に割り込み私を背にして兄弟と対峙する形になっている。涙目の私をみて「ほんとにごめん。驚いたよね。」そう一言だけ言って優しく頭を撫でてくれた。その包容力はどこから来るんだ。三男の力伊達じゃねぇ……。そう思うほどに彼の言葉で混乱していた頭が落ち着きを取り戻し始めていた。恐る恐る、チョロ松くんの肩越しに上を見上げる。鋭く光る彼らの目はやっぱり怖くて私はまた下を向いてしまった。すごくすごく怖かった。でも、それと同時に私はチョロ松くんが羨ましくなった。彼らは私を兄弟を誑かす悪い奴だと勘違いしてこんな事をしている。それほどチョロ松くんは大切に思われているということだ。1人っ子の私にはどう足掻いても一生体感できない。親はもちろん私を大切に想ってくれる。でも兄弟のそれとはまた別ものなのだ。……まぁ、こんなにしんみりしている暇は今の私にはないのだけれど。家に帰ってしんみりしよう。

「チョロ松ぅ〜、お前に話してないよ?女の子に関してはお前ポンコツだからな。知ってんだろ?だからお兄ちゃんが悪女から守ってあげてんの。」
「だから騙されてなんかないって言ってんだろ!!!ちよこさんを悪く言うなこのクソ長男!!」
「うわ、もう名前呼び?本格的に騙されてるね。チョロ松兄さん絶対金取られてるでしょ。」
「一松も黙ってろ!とられてねーから!」
「いいからチョロ松どけって。お兄ちゃんはね、お前の後ろのちよこちゃんと話をしたいんだけど。」
「だから……!!」
「ち、チョロ松くん。あの、私が話します。」
「でも、」
「私が、誤解を解きたいの。」

チョロ松は少し不満そうな顔をしたけど、私の隣にストンと座った。兄弟にはチョロ松は出ていけと言われてたけど、彼は動かなかった。「ちよこさんと話させてやるんだから僕がここにいる事も黙認しろ。」と一言チョロ松くんが言うと、皆は少しブスっとした顔をしたけど何も言わずに腰を下ろした。黙って皆が座る中、松野カラ松は「チョロ松がこの顔の時は何を言っても食い下がってくるからな……」皆に聞こえるか聞こえないかくらいの声で小さくつぶやきながら腰を下ろしていた。松野トド松がこの声に小さく反応したあたり、チョロ松くんは少し頑固なところがあると取っていいだろう。

「はいははーい!!!質問!!!」

座った直後、ピシンとまっすぐに手を挙げたのは松野十四松。彼は今までなにも話さなかったので私とはこれがファーストコンタクトのはずだ。

「いいすか?!質問!」
「あ、はい。どうぞ。」
「チョロ松にーさんとはセクロ…もがもが!!!」
「何言ってんの?!ねぇ何言ってんの?!十四松!!!」

最後の方に不穏な言葉が聞こえたような。顔が真っ赤なチョロ松くんが最後の言葉を聞く前に口を手でバシンと押さえた。チョロ松くんは大きな声を出したせいか、肩で息をしている。

「いやいや、チョロ松。これは大切な質問だからね?さぁ答えて梅田さん。」
「おい長男やめろ!!!セクハラだからなそれ!!!」
「ブラザー、少しお口をチャックだ。レディーの声が聞こえない。」
「カラ松も答えさせんな!」
「いや、いいよチョロ松くん。なんでも答えるから。それに私達何もしてないし。……恋人ではないので手も繋いでないしキスもしてません。ましてそれ以上なんてないです。」
「ふーん、なるほど?身体だけの関係ではない、か。」

私の答えに松野トド松はジトリとした目を向ける。その後少し頷いて紙になにかメモをとっていた。

「セク口スしてないんだー」

松野十四松は口をぱかっとあけながら小さく呟いていた。彼は一体なにを期待していたのだろう。

「次。おれ。チョロ松兄さんが喧嘩してる真面目系不良クソ童貞ってことについてどう思ってるか答えて。」
「クォラァァァァ一松ぅぅぅぅ!!!!!」
「チョロ松にーさん静かに!」
「いや、静かにできるか!!!ふざけんな何がしたいんだよ!!!」

チョロ松くんは叫び暴れている。そりゃそうだ。私としてもそんなこと意識したこともないし考えたこともない。松野カラ松、十四松に静められているチョロ松くんを横目に私はおどおどと目を泳がせていると松野おそ松と目が合った。

「言って。ね?」

口は笑ってるけど目は笑ってない。失神しそうだ。でも、これが終わらないと家には帰れない。なんとか気持ちを落ちつかせて必死に頭を動かしながら言葉を紡いだ。

「えっと、チョロ松くんは私が本についてついつい我を忘れて語ってしまっても笑って聞いてくれるし、その話に乗っけて話してくれます。だから、その、不良って感じもあまりしませんし、考えたこともないです…。あ、あと、その……童貞は、今初めて知りました。えっと、まだ学生なので別にいいと思ってます。」

言い終わったあとに表情を伺う。6人ともこころなしか表情が一瞬和らいでいた。私はなにかいい事でも言ったのだろうか。松野トド松は「そうだよね、童貞でも大丈夫だよね。」みたいなことをつぶやきながらメモをとっていた。

ここで1ついいだろうか。吐きそうだ。
まず空気が怖い。平々凡々な私にこの特殊空間はキツすぎる。滞在時間が長すぎて脳内がシャッフルされまくっている。指先の震えが止まらない。あと、夕方の再放送がもうすぐ始まってしまう。今日いいところなのに。アキラという彼氏がいながらミチコはユウキとアキラの間で心が揺れていたはずなのに昨日の最後にはヒロト……なんてまた違う名前を呼んで終わっていたのだ。誰だよヒロト。ミチコ、お前はどれだけ罪を重ねれば気が済むんだ。

「ちよこちゃん?ぼーっとしてるなんて随分余裕だね?」

ポン、と肩を叩かれて私はハッとした。うん、私は今まで多分ドラマのこと考えて現実逃避してたんだ。だって現実めっちゃ怖い。私の肩を叩いたのは松野トド松。笑顔だけど笑顔じゃない。真っ黒という言葉がぴったりな表情だ。

「いや、その、すいません。」
「……じゃあ、ボクから聞くよ。なんでチョロ松兄さんと友達になろうと思ったの。君が不良に騙されるかもなんて考えなかったの。普通怖いでしょ。」
「……いい人だと、思ったからです。」

他にもっと言葉はあったはずなのに、その言葉がポロンと出た。目の前の彼等はきょとんとしてぴくりとも動かない。
……あれ、もしかしなくても帰るチャンス?チャンスだよね?!
私は素早くスクバを持って立ち、玄関へ直行した。

「お、お邪魔しました!!!」


一言だけ言い放ちひたすら家に向かって走る。失礼だと思ったけどやっぱり我が身の安全が大切だ。あの空間に居続けるのは体と精神がもたない。チョロ松くんに"今日はごめんね。"とメッセージを送りスマホの電源を落とした。あのひどく混沌とした世界にチョロ松くんを置き去りにしたことを今更ながら後悔した。チョロ松くん、ほんとごめん。


今日のドラマではミチコの本命はヒロトで他の2人はただの友達という事が判明した。アキラが彼氏、というのはアキラの思い込みだったというとんでもない展開になっていた。
激怒しているアキラとユウキ。ヒロトとミチコに不良連れて殴り込もうぜなんて計画を立てていた。愛って脆い。てか、殴り込むなんて今時そんな人いるのだろうかとすこし笑ってしまった。
電源を切って真っ黒になっているスマホに呆れたように笑っている私が映っていた。

「……今日はつかれた。」

晩ご飯のいい匂いに誘われるようにして私は台所に向かった。


20160806

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