2-10



道場の方から近藤さんと沖田くんが戻ってくるのが見えた。
彼は泣き腫らした目をしているけど、随分吹っ切れた顔をしている。
彼は私の前に立つと、罰が悪そうに視線を反らす。

「トシ」

近藤さんが一言名前を呼ぶと、それだけで土方さんは理解したらしく二人で母屋へと消えた。

少し気まずい空気が流れる。
そして沖田くんは意を決したように私を見た。

「腕…痛いよね」
「へ?」

私の腕にはさっき体を捻って転けた時の擦り傷がある。
まさかそんな事を言われるとは思わなかった私は驚いた。

「いや、痛くないよ!?大した傷じゃないし!」

慌てて弁解する私に、彼はいきなり頭を下げた。

「今まで……ごめん」

意表をつかれた彼の言葉に、私は目を丸くする。

「あ、頭上げて下さい!」

そう言って私は沖田くんに近寄る。
頭を上げた沖田くんと目が合い、何故だか私は動けなくなった。
彼が――あまりにも真っ直ぐ私を見つめてくるから。

「僕は君に謝りたいことだらけなんだ」

彼はぽつりぽつりと語り出した。

「僕はね、幼い頃からここに預けられててね。内弟子と言っても要は使いっぱしりみたいなもんで…」

毎日掃除洗濯……兄弟子たちの世話。
近所の子供たちが楽しそうに遊んでいる中、ただひたすら剣術の稽古と仕事をしていたという。

「それにね、ここの門人たち……僕らの兄弟子だね。良い人もいるけど、大概は乱暴者でさ」

沖田くんは痣のある腕をさすりながら言う。

「少しでも気に入らないことをしたら、稽古と称して木刀で殴られたり…なんてのは最近ではしょっちゅうだ。……キミが聞いてきた怪我の原因はこれ」

あの時はごめんね、と申し訳なさそうに笑う沖田くん。
その今まで見たことも無い柔らかな顔と声で、彼が今本音で語ってくれていることが分かる。

「んで、道場裏で悔しくて泣いてた僕の側にいつもいてくれるのが、近藤さん」

近藤さんの話をするときの沖田くんは、本当に生き生きとしている。

「だから僕は、近藤さんの為に何かしたいって思ってるんだ」
「本当に近藤さんが好きなんですね」

私がそう言うと、沖田くんは少し驚いた顔をする。
それでもすぐに破顔し、答えてくれる。

「大好きだよ」

だから、とそこで言葉を切った沖田くんから笑顔が消える。

「なんて子供なんだって思うだろうけど…僕は君に近藤さんを取られるかも…って思ってしまったんだ」

だからあんな態度をとってしまった、と沖田くんは言う。
確かにいきなり現れて、新しい内弟子だと言って、近藤さんと話す私は彼にとって、面白い訳がない。
特別慕っているとなれば、尚更だ。

やっぱり理由があったんだ。

私はあのまま終わらなくて本当に良かったと思う。

「君には焼きもちばかりを向けてしまった様に思えるけど…」

そこまで言うと、彼は改めて私の目を見る。

「――初めて会った時、嬉しかったんだ」

初めての同い年の子供で。
でもどう接したら良いか分からなくて、あんな態度になってしまって。
そう言葉を探しながら語る彼の目は真摯そのもので。
……私はどうしようもなく顔が綻ぶ。
そして彼は――近藤さんに向けるような笑顔でこう言ってくれた。


「虫のいい話だけど……これからは仲良くしたい」


そう言って彼は少しはにかんだ笑顔を見せる。

「…こちらこそよろしくお願いします!」

私は満面の笑みで応えた。


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