4−7
「ってのがここに来るまでの俺…です」
本当に全てを話してしまったことにより、すっきりしたような少し気恥ずかしいような気がして、語尾が弱くなった。
「――澄み切った空みたいな人だって思ったんだよ」
聞こえるか聞こえないかの呟きに、沖田くんはこちらに体を向けた。
私もそれに続き、寝ながら向き合う形になる。
「俺の近藤さんの印象」
「どうして?」
「他人を…そのまま、ありのままを受けとめ――受け入れる。多分、誰もが出来ることじゃない」
見ず知らずの私を受け入れ…救い、道を示してくれた。
何より近藤さんには、無条件に人を惹きつける何かがある。
それはここにいる――沖田くん、土方さん、源さんたちが物語っている。
それはまるで――どんなものでも受け入れ、思わず魅入ってしまう空に思えたのだ。
「…成る程ね」
沖田くんは柔らかく笑う。
が、それは一瞬ですぐに真剣な顔に変わった。
「真尋くんはここが好き?」
真意の分かりにくい質問に、首を傾げる。
しかし沖田くんは私の疑問に答える気が無いみたいだ。
「…好きだよ」
私は少し迷いながらも、正直に答えた。
沖田くんの瞳は、誤魔化せないと思ったから。
「じゃあ何で壁を作ろうとするの?好きなら……そんなの要らないよね?」
その問いに顔が歪む。
「だから…だからだよ…っ」
ぽろぽろと再び涙が落ちる。
ここにきてまだ日は浅いけれど、私はここを好きになっていた。
見ず知らずの自分を受け入れてくれた人達。
いるだけで心が温かくなる場所。
――…失ったものが確かに、ここにはある。
「俺…は!一度…全てを失ったんだ…っ」
涙に咽びながら話す私の手を沖田くんは握ってくれた。
「もう…何も、持ってない」
涙で声が擦れる。
「今度失ったら…耐えられないっ」
だから、いらない。
そう言ったのに、心は繋がれた手の温もりにすがりつく。
泣きながら黙る私。
沖田くんは少しの沈黙の後、今までで一番優しい声で告げる。
「だったら守ればいいんだよ」
「守る…?」
「そう。手に入れたものを放さない。何があっても守る。簡単でしょ?」
にこっと笑う沖田くんの言葉に、私は目を丸くする。
「君は何のために剣術をやっているの?」
(強くなりなさい、真尋。守りたいものを守れるように)
父の声が聞こえた気がした。
私に剣術を教える前に父が言った言葉。
「守りたいものを……守るために……」
「だから強くなればいいんじゃない?」
その言葉は、すっと私に染み込んだ。
「僕は近藤さんの役に立ちたい。だから強くなる。君は?」
今まで考えたことも無い選択肢。
それでもこれまで悩んでいたのが嘘みたいに、私の心はソレを選び取っていた。
私は涙を拭い、沖田くんの瞳を見つめる。
微笑む沖田くんに、自然と頬が緩んだ。
「近藤さんの為に……失わないために」
そう言い切った私に、沖田くんは笑いながら小指をだす。
「約束だよ?僕たち、二人で強くなろう」
「うん!」
そうして私達は指を切る。
暫く笑い合った後、不意に沖田くんが言った。
「僕、君のこと真尋って呼ぶね」
「え?」
「前から他人行儀みたいで嫌だったんだよね。だから君も」
沖田くん。
それが駄目ならば……
「……惣次郎…くん?」
「くんはいらない」
「……惣次郎?」
「そう」
……何だろう。
すっかり「沖田くん」に慣れてしまったせいか、何だか照れてしまう。
これは慣れるまで時間がかかりそうだ。
「あと言葉もね」
「言葉?」
「今更敬語は要らないってこと。大体僕、まだ最初の質問答えてもらってないんだけど?」
「あ…」
そういえば、敬語の理由からこの話は始まったんだっけ。
すっかり忘れてた。
「えーと…最初はお世話になる人達だからって理由だったんですけど……」
「ですけど?」
「…距離をとろうと決めた時、最初に思いついたのがこれだった」
既に気を許しかけているのに、距離をとるための方法を思いつくはずもなく。
「子供の頭ではそれが精一杯だったんですよー」
今思えばすごく拙い考えで、照れ隠しに口を尖らせる。
沖田くんにくすくすと笑われてしまった。
「ちょっと馬鹿だよね、真尋は」
「う…それを言うなら惣次郎だって」
軽口を交わしながらも私達は笑っていて。
穏やかなこの時間がかけがえのないものに思えた。
不意に訪れた沈黙。
それさえも心地よく、私は少し目を閉じた。
今日はたくさん泣いて、何だか疲れた。
急に睡魔に襲われる。
さらさらと吹き込む柔らかな風が頬を撫でるのを感じた。
〜・〜・〜
井上から「夜餉の時間なのに惣次郎と真尋が来ない」と相談された近藤は、惣次郎の部屋へと向かう。
あの日から少しずつ仲良くなっていってる二人だが、どこか真尋が遠慮しているように見えて、少し心配だった。
しかし、そんな心配も今はもう消え失せた。
惣次郎の部屋の前では……向かい合わせに横たわる二人の姿が。
足音を殺して近づいてみると、静かな寝息が二つ。
真尋の目元は泣き腫らしたように赤いが、幸せそうな顔をしている。
そんな真尋の頭を撫でていたのだろうか……惣次郎の手は頭のすぐ近くにあった。
惣次郎も最近見ることの無かった、心底嬉しそうな寝顔である。
そうか。
二人は二人だけで乗り越えたのだな。
これ以上続くなら、いずれは話を聞かねばならん。
そう思っていたのが、この分だと……心配は要らないようだ。
近藤は笑みを顔に刻むと、静かに毛布を取りに行った。
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