5−2



一礼をして向かい合う。
顔を上げると視界の隅に土方さんがいて少し驚いた。
私と惣次郎が手合わせをするのを聞いたのだろうか。
……それ迄に負けたらどうしようかな。
そんな事を一瞬考えたが、後が怖いので絶対に勝つ!と気合いを入れ直した。

立ち会いは近藤さんだ。
私は天然理心流に入門はしているが、基本の型しかまだ知らないため、実質他流試合のようなものだ。

互いに竹刀を構える。
父上以外の人と向き合った事のない私は、何とも言えない緊張を覚えた。

近藤さんが大きく息を吸う。

「始め!!」

私は即座に踏み出した。

いきなり来るとは思ってなかったのだろう、相手は慌てて距離をとろうとする。
私は更に間合いを詰める。
身につけた防具がやけに重く感じた。
そんな私の動きに相手は一瞬止まる。
私はそれを見逃さなかった。

「一本!」

近藤さんの声が響く。
私の打ち込んだ竹刀は相手の頭部を正面から捉えていた。


〜・〜・〜


真尋の見せた動きに道場内は水を打った様に静まりかえった。
皆目を丸くしたまま微動だにしない。
それは近藤や井上、土方に沖田も例外では無かった。
取られた男に至っては、状況を理解出来ずただ立ち尽くしていた。

そんな空気を壊したのは作り出した張本人だった。

「やっぱりこの胴着って動きにくいですね〜」
「は?」

真尋から出た不可解な言葉にいち早く反応したのは沖田だった。

「動きにくいって…着たこと無かったの?」
「うん。こんなの着て稽古した事無い」
「じゃあ何で着れたの」
「見様見真似」

さっきとは別の意味で静まりかえる場内。
多くの者は呆然とし、沖田は面白そうに笑い、近藤は何か考えこんでいた。

「じゃあ防具無しで打ち込まれていたってことだよね」
「うん。最初は痣だらけだったなぁ」

つまり、打ち込まれ慣れている。
そのことを確認した沖田は、近藤さん、と目くばせをする。
それを受けた近藤は、こほんと咳払いをし、口を開く。

「真尋。前にも説明したと思うが我が天然理心流は…」
「戦での活用を主とした実践的剣術ですよね?」
「あぁそうだ。いつもなら木刀を使うが今日はお前に合わせて竹刀にしてある」

まだ入門したばかりの子どもに木刀は……という近藤のちょっとした気遣いである。
しかし今の真尋の動きを見て近藤は、その気遣いは無用だったと悟る。

「本来なら手合わせの時、防具を着用しないんだ」

その代わり痣だらけになることもあるし、基本とどめは寸止めとなっている。

「それで真尋が良ければなんだが…うちの本来の形でやってみるか?」
「いいんですか!?」

真尋にとったら、この上ない話だった。
木刀を振り回すには腕力と体力の方が心配だが、それを差し引いても防具無しの方が有り難かった。
動きを大幅に制限するそれは、ただ煩わしいだけだった。

こうして次からは互いに木刀だけを備えた姿で立ち合うことになったのだが、結果は変わらず。
先程よりも、動きの幅が増えた真尋は簡単に相手を伏せていた。

そんな真尋の動きに感心した近藤は、三人同時に相手をさせる三人掛けをやらせた。
一対三の試合だが、真尋は慌てない。

一対一での立ち会いの時もそうだったが、とにかく動きが早い。
始まって早々、正面から打ち込んできた相手を突きの一閃で止めると、胴体を車斬りで狙ってきた二人を避けるために体の向きをかえ包囲を抜け出した。
一人に足をかけ転がすと、すかさずもう一人の懐に飛び込み、手刀で木刀を弾き飛ばす。

その鮮やかとしか言い様の無い動きに、誰もが見とれた。

幾度か繰り返された勝負はいずれもあっけなく終わり、残すは沖田惣次郎だけとなった。

汗をかき少し息を切らせつつも、真尋は沖田ににやりと笑ってみせた。

「負けなかったよ」

そんな真尋に沖田は好戦的で楽しくて仕方ないというような笑顔を返した。

「待ってたよ」

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