花見



思えば月日が流れるのは本当に早く。
ここ試衛館で見る桜の花は既に八度目―――私は十九になった。

この八年、いつまでも同じ暮らしが続く訳もなく、様々なことが変わった。
まず、近藤さんが正式に天然理心流宗家四代目を襲名し、つねさんというお嫁さんを貰ったこと。
このつねさんは本当に良く出来た人で、可愛いし、家事も出来るし、非のうち所が無い。
ちなみに現在妊娠中である。

そして――

「何ぼーっと立ってんの」
「総司」

振り向くとそこには、栗色の髪と翡翠の瞳を持つ長身の青年。
それは私にとって傍にいるのが当たり前の男で。
ここ数年で見間違える程に「男」となった――沖田惣次郎。
今は元服をし、沖田総司となった人だった。

「総司も大きくなったなぁって考えてた」
「あ〜真尋は小さいもんね」
「うるさい!」

性格も相変わらずである。
総司はあれから試衛館師範代となり、剣の腕は磨きがかかる一方だ。
互いに天然理心流の免許皆伝は貰ったものの、純粋に理心流だけで戦ったら私は勝てない。
力で負けてしまう。
鍛えてもどうしようもないところまで、差が出てしまった。
そんな私が未だ彼と勝敗が拮抗しているのは、ここに来る前に父上から習っていた剣術のおかげだ。
本当に父上には感謝しなくてはならない。

元服に関しては少しの騒ぎがあったけれど、滞りなく終わった。
彼は名を改め、着物を改めて、髪型も改めた。
あの結い方が近藤さんとお揃いなのは、一体何人が知っていることやら。
私も総司と同じ日に元服をしたが、名は改めていない。
「高崎真尋」のままだ。
今は亡き親から貰ったものだから、と改名を断った。
着物は総司同様の色合いと着こなしで……もちろんあんなに胸元は開けていないが。
髪型に関しては、総司と一緒に近藤さんとお揃いにしようと言っていたが、私の方が毛が長く敢えなく断念した。
ちょっと総司が羨ましいのは内緒の話。
結局は、左耳の後ろの気持ち高めの位置で結っている。

男装に関しては、ミツさんの協力のもと何とかバレずにやっている。
本当にミツさん様様状態だ。


「そういえば総司は何しにきたんだ?」
「…お弁当持ってるの真尋だよ?皆待ちくたびれてる」
「あぁ!!!」

総司の言葉に、私は今日の予定を思い出し焦りながら、歩きだす。

そう、今日は試衛館の面々で花見をするのだ。

そして試衛館の面々――これがこの八年間で一番変わったことだろう。


手を振りながら叫ぶ声が聞こえる。

「遅ぇ!!どうしてくれんだ!この俺の腹の虫は!」

でかい図体の筋肉自慢、永倉新八。

「痛ぇよ、新八っつぁん!俺を叩くな!!」

高く結い上げた髪が子犬の尻尾を思わせる最年少、藤堂平助。

「落ち着け、新八。真尋も何か用事があったんだろうよ」

さりげなく助けてくれる大人の男、原田左之助。
……ちなみに色気が凄い。

「しかし、何故遅れたのだ」

……それを蒸し返えしてしまう天然、斎藤一。

「ごめんって!新八には俺の団子あげるから!」
「よし!許す!」
「本っ当に花より団子だな」

「食べるのは皆が揃ってからですよ」

呆れた様に会話に入ってきたのは、山南敬介。
外面最高、中身は……な人である。

この人達は皆試衛館の食客として居候している。
いつの間にか近藤さんの下に集まった気の良い仲間達だ。

勿論皆剣術の腕も凄い。

左之さんは槍の方が得意だけれど、新八は剣術修行のためにわざわざ脱藩した人だし、一くんは居合いの達人だ。
平助と山南さんは北辰一刀流で、特に山南さんは早くから試衛館に居ついたこともあり、私達に一刀流の技を教えてくれた。

「近藤さんと源さんは先行ってるんだよね?」
「あぁ、場所をとってくれてるぜ」
「わざわざ近藤さんに場所取りをさせるなんて、酷い人もいるもんだよね」
「まぁね〜…って張本人はどこにいるのさ?」

周りを見回しても、目当ての人物はいない。

「また女と何かしてんじゃねぇのか?」
「あの人、顔は美形だからなぁ…」

あの人、とはもう一人の食客のこと。

「しょうがないな…僕らが呼んであげますよ」
「これをやると多分すっ飛んでくるよ」

私と総司は顔を見合せ、大きく息を吸う。
せーの、で出た言葉は――

「梅の花 一輪咲いても 梅は梅!!」

瞬間、向こうから何やら凄い勢いで走ってくる影が見えた。


「おいこら、総司!真尋!お前らあの本の事は忘れろって言っただろうが!!」

とても子供には見せられない顔をした土方さんだった。

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