アブラクサスの憂鬱
「アブぅ…どーしよぉぉ」
「どうしてそんなことをなさるんですか!あなたは!」

アブラクサス=マルフォイの屋敷で女はぐずぐずと涙を流し、当主であるマルフォイに冷ややかな目で見られていた。
女の名は名前。ホグワーツの卒業生であり、元グリフィンドール生だった。
何故グリフィンドールの生徒であった名前がスリザリンでトップに位置するマルフォイ家の屋敷にいるかといえば。

「だってヴォルデモートがあ!!」

彼女があのヴォルデモート卿直属の部下であり、ヴォルデモート卿を呼び捨てにする唯一の存在だからである。

「たかが、プディングを食べられただけでしょう!」

頭を抱えるマルフォイに名前はぐしゃぐしゃな顔をそのままにうん、と頷き「どぉしよぉぉ」と嘆き出した。

この女がマルフォイの屋敷にやってきたのは約二時間前。それはそれはご立腹な様子で、姿くらまし一つでやってくるものだから流石のアブラクサスも溜息しかでなかった(当主自ら屋敷には姿くらましできないように、魔法を施していたのだ。)。
名前はずかずかとアブラクサスの書斎に入り込むと、アブラクサスの主でもあるヴォルデモート卿への罵詈雑言をまくし立てた。
そして暫く呆然とするアブラクサスを前に、瞳に涙を貯め始めたのだ。その瞬間、アブラクサスは名前の手を掴み、リビングへ姿くらましを行った(書斎に湿気を増やしてはいけない)。着いた瞬間涙が溢れ出し、名前の口からはただ後悔の言葉が出るだけだ。

「どうして、プディングを食べられただけで我が君の書斎を燃やし、部屋を荒らして来ることができるのですか」
「あと、大っ嫌いって言ってきた…ぐずっ」

女のグリフィンドール精神はかならずおかしなところで発揮される。それはここ10年程度の付き合いで把握した。出会った頃から愚かだったが、ほんとうに馬鹿だ。はあ、とため息をつけば尚更名前は涙を溢れさせる。

「見捨てないでぇぇぇ!!」
「少しは学習したらいかがです。そろそろ、来られますよ」

カチリ、とアブラクサスの懐中時計についた小さな赤い時計が一周を終え、動きを辞める。その瞬間、現れた人物にアブラクサスは頭を下げた。

「我が君、お疲れ様でございます」
「…ああ」
「ヴォルぅぅぅぅ!!」

現れた人物にタックルをかますかの勢いでかけて行った名前を、ヴォルデモート卿は長い腕を伸ばして頭を押さえつける。

「おい名前よ。大嫌いとは、どういうことだ?」
「そんなの嘘だもんんん!!大好きだよぉぉ!!ヴォルぅ迎えに来てくれてありがとぉぉ!!」

調子のよいその言葉にため息をつきそうになる。ヴォルデモート卿の屋敷に、姿くらましで行くことが出来るのはヴォルデモート卿その人だけだ。飛び出してきた名前はヴォルデモート卿が迎えにこなければ、帰れないわけだ。
「まったく、おまえは」とヴォルデモート卿は名前を引き寄せ、抱きしめるとアブラクサスには一言もなく姿を消した。

怒涛の二時間が過ぎ、アブラクサスは懐中時計を見る。赤色の小さな時計には、筆記体で綴られた名前の文字。一切動かぬその時計はあの女が来た時のみ動き出す。一周は二時間で、あの人やってくるまでの時間だ。
必ず迎えに来る卿と感情で飛び出す名前。アブラクサスは二人に対して、はあと小さくため息を着くのだった。

(ぅああん!アブぅ!ヴォルがぁ!!)
(またですか!あなたは!)
katharsis