心臓が止まりそうだ
嫌よ嫌よも好きのうち。なんて都合のいい妄想に付き合っている暇なんてない。


「照れんなよ」


甘い声で呟きながら、私に向かってナイフを投げてくる人間を私はこの堕王子以外知らない。
ザクザクザクッという効果音付きで、ダイヤモンドで作られたとかいう眉唾ものの壁に突き刺さるそれを見て、背筋に伝う冷や汗。

こいつ。ガチで私を殺す気だ。



私と堕王子との接点と言えば、正直特にない。

私はスクアーロ作戦隊長直属の部下で。更に言えば幹部でも幹部補佐でも無い。なんでもないペーペーの私に構ってくるこの堕王子は多分。いやかなりの暇人。ついでにかなり性格が歪んでいる。
私が嫌だといっても、「照れるな」だとか「王子のこと好きなんだろ」とか言ってくるこの暇人はかなり頭がやばいらしい。
そして逃げる度に私は殺されかけるのだ。


そんな彼にどうして付きまとわれるようになったかと言えば、スクアーロ隊長に報告書を渡そうと隊長を探していた時のせいだ。
あの頃の私は、ベルフェゴール隊長の名前は知っていたけれど、どんな人かを全くしらなかったのだ。
どうしてあのとき金髪に話しかけたのか。悔やんでも悔やみきれない。

「あの」
「あー?」
「スクアーロ隊長どこにいらっしゃるか知りませんか」
「ししっカス鮫ねー」

そしてどうやら運はこのときに使い果たしたらしい。


「!スクアーロ隊長をそんな呼び方しないでください!!」


よく今私は生きているよ。
あの時の私は、必死にあこがれていたスクアーロさんの部下になれたことに誇りを持っていて。だからそんな言い方を許せなかった。

けど。けど、あの時の私。あれは悪手だっただろう!

それから私はあの堕王子に付きまとわれるようになったのだった。




「スクアーロ隊長ぅぅぅ!!!」
「う゛ぉ゛おい!!てめぇ近付くな゛ぁ!!」

通りかかったスクアーロ隊長に助けを求めるように叫べば、彼は私に剣を向けるのだ。なんだって自隊の隊長にそんなに拒否されなくてはいけないんだ…

凹んだ私に追い打ちをかけるように、頬を触れるか触れないかで通るナイフ。

「名前、逃げんなよ」

うしし、と音符が付きそうなテンションでそれはそれは楽しそうな堕王子に私の心臓は今にも止まりそうです。




心臓が止まりそうだ
(物理的に。)
(抱き着かれたりなんかしたら、俺がベルに殺されるぜぇ…)
katharsis