非現実は突然に
日本で見るわけがない、目の前の風景に私は唖然とする他なかった。
「しししっ」
ニヤニヤとこちらを向いて笑う彼の手にある鋭いそれが、電灯の淡い光に反射されてきらりと光った。
どうして裏道なんて通ろうと思ってしまったのだろう。たかが数十メートルの近道。それだけのために裏道を通ったことを私は激しく後悔していた。
最初に気づいたのは鉄の匂い。まるで、手術中を思い出すようなその匂いに嫌な予感が過る。ようやくベッドで眠れると思っていたのに。その場に駆け寄ったのは職業病。
「大丈夫、で」
すか、と続けようとした言葉は目の前の光景に奪われてしまう。真っ赤に染まった地面。四肢のもげたその人間だったであろうもの。
吐かなかっただけ、私は優秀だっただろう。言葉をなくして、立ち尽くす。
頭の中を回るのはこんなときの対処法じゃなくて、人間の体内に流れる血の量について。どれだけ体外に出たら人は死んでしまうのだったか、なんて四肢がもげてしまっている人間にかんがえたところで無駄だろうに。ずいぶんとパにくっているらしい。
そしてそんな中、首にヒヤリとした感覚。
「おねーさん、悲鳴は上げねーの?見慣れてるとか?」
声変わりはしているだろうが、まだ幼めな声。ヒヤリと伝う冷や汗。私はここで死んでしまうのだろうか。
そんな心配をよそに首の感覚は離れていき、声の主が姿を見せた。
「そんな怯えんなよ。殺したくなるじゃん」
前髪を伸ばして、目を見せない彼の言葉は本気なのかそうでないのか見分けがつかない。楽しそうに笑う彼に私の頭になるのはサイレン。
「ころ、すの」
絞り出すように出た声は間違いなく震えていただろう。そんな様子に気づきながら彼はナイフを弄りこちらを見る。口角を上げて笑うその顔はまるで死神の様だ。
「どうされたい?名前」
「しにたく、ない」
どうして私の名前を知っているのだろう。なんて考える暇などなくて。
「いーぜ王子と来るならな」
その言葉に私は頷く他ないのだ。
非現実は突然に
(大学病院に勤めていた名前女医が行方不明として、現在警察は…)