仕立て屋の少女
双子の王子が亡くなった。そう聞いたのは、早春のことだった。
物心つく前から、両親の営む王族御用達の仕立て屋で手伝いをしていた。手伝い、から働く、に変わり早7年。13になった私に始めてやってきた王族直属の仕事が彼らのシャツ作りだった。
初めて触ったシルクのあの感触を私は忘れないだろう。白と黒の二つのシャツ。全く同じサイズのそれは、兄であるラジエル様と弟であるベルフェゴール様の物だそうだ。
丹念に作ったそのシャツを納品して、その次の日。トントントンと私の部屋の窓ガラスが叩かれた。
視線をやれば、見えるのは銀色に輝くティアラとそれに負けず輝く金の髪の毛。唖然とする私を他所に、彼は鍵のあいた窓からスルリと身を滑らせて入ってきた。
「ししし、このシャツ作ったのお前だろ」
そういって身につけた黒色のシャツを嬉しそうに見せてくる彼。
「、ラジエル様、どうしてここに!」
黒色のシャツはラジエル様に。そして白色のシャツはベルフェゴール様に。そういう注文だったから、私は迷いなく双子の片割れであるその王子をそう呼んだ。
それから、ラジエル様はよく私の部屋にやって来る様になった。必ず黒色のシャツを身につけて。
「新しいシャツ、作りましょうか?」
「…黒な」
そう質問すれば、必ず返ってくる言葉。そんなに黒色が好きなのだろうか、と思いながら私は彼の為に黒色のシャツを作る様になっていた。
「ラジエル様、が死んだ」
その知らせに国中が大騒ぎした。お城は血塗れ。顔も何もかもほぼ判別がつかない状態で、たくさんの人が死んだらしい。
完成したシャツを手にして、私は呆然と呟いた。王が死んだことより、妃が死んだことより、ベルフェゴール様死んだことより、彼が、ラジエル様が死んでしまったことが信じられなかった。
またいつものように突然やってきて、黒色のシャツを注文して、そうやって彼が大きくなったらサイズが変わって、とずっと繰り返すとそう信じていた私を神はきっとあざ笑っていただろう。
王位に亡くなった国王の弟君がつき、国はみるみるうちにいつも通りになった。相変わらず私の家は王族御用達の仕立て屋で、あっという間に私は21歳になっていた。
トントントン、と家の扉が叩かれて来客が来たことを知らせる。作業をしている弟をちらりとみれば、プリンセスの服を仕立てている最中で私が出るしかなさそうだ。
「はーい」
扉を開ければ、そこには銀の長髪を揺らした青年の姿。
「てめーが名前かぁ?」
父から来客があるとは聞いていたが、初めて見る青年に、名前でよばれるのは違和感しかない。そんな私を放置してズカズカと店内に足を踏み入れる青年。
「ちょ、ちょっと」
「店主はどこだぁ!」
大きな声が店内に響き渡り、店の奥からお父さんが現れる。青年はそれを確認すると、胸ポケットから1枚の紙を出して机におく。
「1億ユーロだぁ」
「…はい。確かに」
父はそういうと紙を受け取って、私をみた。
「名前」
いつもとはトーンが違うその声に、空気が重く感じた。
「お前は、今日から彼らの元で服を作りなさい」
そういって、父は青年を見やる。人間、容量を超えたときは言葉が出ないらしい。わけのわからない、その言葉に気付けば私は黒塗りのリムジンに乗るよう促されていて。
「ちょっ、どういうことですか!」
「あ゛ぁ?…ちっ、中のやつにきけえ」
青年はそういうと私をリムジンに押し込んだ。ちょっと、と文句を言おうとする私の目の前で扉が閉められる。
諦めざるを得ない私は、青年の言葉の通りおとなしく中の人間に目をやって、私は目を丸くした。
その金色の髪に。銀色に光るティアラ。
けれど一つだけ違う、真っ白なシャツ。
「…ラジエル、様?」
そう呟けば、ちちち、と舌を鳴らす彼。
「オレ、一つ嘘ついてたんだよね」
その言葉に直ぐにその嘘に気づく。
だって第一王子である人があんなにも、簡単に下町に来れるハズがないのだ。
「…ベルフェゴール、様」
「せーかい」
ししし、と嬉しそうに笑う彼はあの時のままで。私は頬を伝う涙を知らんぷりで、彼の本当の名前をもう一度呼んだ。
(次は白色のシャツを作ろうか)