死にかけて
ガタガタと身体が震える。撃たれた腕は感覚がない。はあ、はあという私の吐息が空間に響き渡る。
何てざまだ。
小さく自分に失笑。これがヴァリアーに生きてきたものの最後か、と手にしていた拳銃を投げ捨てる。弾切れになってしまったそれにもう使い道はない。
そして、同様に私にも。
ズルズルと壁に背中をつけて目を閉じる。じんわりと熱くなるこめかみ。

(泣くな、泣くな)

くそ、くそ、と心の中で悪態づく。計画は完璧だった。どうして、と此方に向けられた銃口を思い出す。私の脳天に向けられたそれ。反射でギリギリよけたその瞬間、別のところからやってくる二発目の弾丸が私の腕を襲った。左手だったのが幸いか、右手にもった銃は迷いなくその二人の脳天に弾丸をぶち込んだ。
血は残さない。素早く止血をして、走り出す。後はあらかじめ決めてあった逃走経路で静かにトンズラをかますだけ。しかし私の逃走経路を何故か彼等は知っていたらしい。はれて私は追われの身だ。
ギリ、と歯を食いしばる。死の直前だからだろうか、感覚の研ぎ澄まされて行く感覚。そして気づく、ユダか。同時に先日私の隊に配属された女を思い出す。普段なら仲間を疑ったりしない。そんなことしたら、出来るものも出来なくなる。
けれど、私の暗殺者としての感覚がそう叫んでいた。ああ、あいつか、と小さく息を吐き出す。くそ、くそ、くそ。涙はいつの間にか止まっていて、代わりにやってくるのは静かな殺意。

「殺す」

胸から護身用のナイフを出す。はあ、はあと切れていた息を無理矢理整える。徐々に現れる押し殺したような殺意と、僅かに消し損なった気配。待つなんてことはしない。さあ、最後だと目を開けば、目の前に現れる驚愕の表情達。ヴァリアー幹部を怒らせたこと、後悔させてやる。





息切れが酷くなった。真っ赤に染まったその空間で唯一生きている私。近くにあった懐中時計を掴み、時間を確認しようとするが、持ち主が倒れこんだ時の衝撃か壊れてしまったそれをくそ、と悪態づいて投げ捨てた。
またズルズルと血の着いていない壁に背を持たれさせて座り込む。頭が痛い。身体中熱をもっているみたいだ。ここが最後らしい。任務は成功、そして死ぬなら最低限の条件はクリアだろう。あの女は皆が殺してくれる。ヴァリアー幹部のメンバーとあの暴れん坊なボスを思い出せば、自然とこぼれる笑み。

「会いたいなあ」

最期にそう思ってしまう位にはどうやらヴァリアーが好きだったらしい。ふふふ、と小さく笑えば、何故か瞼の裏にぼんやりと金色が浮かんできて、また目が熱くなる。

「ベル、ベルふぇごーる」

思わず出てきた名前に自分でも驚く。彼の笑い声が耳を揺さぶる。ああ、そろそろダメなのかなあ、なんてそう思えば身体を包む暖かい感触。どうやら天国も近いらしい。否、人殺しが行き着く先なんて決まっているか。
けれど、待っていればそのウチ皆も来るだろう。



「名前」



誰かの声がした。あれ、と思った。


「名前」


また声だ。


「いくな」


涙ぐんだその声。泣かないでよ。



「頼むから、王子がお願いしてんだぞ」


その言葉にまた浮かぶ金色。その顔は涙でぐしゃぐしゃだ。初めて見るその顔に、小さくはてなマーク。

「なんで泣いてるの」

拭おうと腕を持ち上げようとしても、その腕は上がらない。撃たれたのか、と思いだせば同時に腕に熱い感覚が戻ってきた。

「…ばか名前」
「あはは、ベルちょっと手貸してもらっていいかしら。起き上がれないわ」

そういってニッコリ笑えば、小さくため息をついてベルは私に近づく。肩を貸してくれるのだろう、と思った私の膝に差し込まれる腕。

「え」

俗に言うお姫様だっこだろうか。ちょっと、という私の意見を無視してベルは歩くスピードを上げる。

「黙って抱かれとけ、死にかけた罰だ」

そういってベルはばーか、とまた呟く。いつも腹立たしく聞いていたそれが何故か愛おしく感じて小さく顔に笑みが浮かんだことがわかった。

「ベル、」
「なんだよばか名前」
「ありがと」
「…次死にかけたら許さねーから」

そういって足をまた早くするベルに、私はどうやら惚れてしまったらしい。小さく頬に口付けて、心地の良いその腕の中で私は静かに目を閉じた。



気付いた想い
(ベル、明日ここ行こ)
(だーからお前まだ手動かせねえだろ)
(ベルが食べさせてくれればいいじゃない)
(お前マジわがまま)

(ようやくくっ付いたかぁ)
(いや、まだらしいよ)
(はあ?)
katharsis