泣き虫なお姫様
「やだやだやだ!死んじゃやだあ!」
美しい顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、少女は野獣の流れる血を止めようとぎゅっと傷口を抑え続ける。
「名前チャン、ドレス汚れるからァやめなヨ」
真っ白だったドレスは泥と血に塗れてしまっていた。野獣は少し体を動かすことも億劫そうだったが、手を何とか持ち上げて少女の手に重ねる。
「あのさァ」
「やだ!遺言なんて聞かない!」
ぶんぶんぶん、と首を振る少女は美しいのにとても幼く見える。
「だァめ。俺の最初で最後の話なワケ。ちゃんと聞いてくれるゥ?」
少女は首を振るのをやめる。しかしその目が野獣の目を見ることはない。
「ったく、名前チャンは。まあ、いいケド」
ぎゅっと大きな毛むくじゃらの手が、少女の小さな白い手を包む。傷つけないように優しく包まれる手に少女は思わず顔を上げる。
「愛してるヨ。名前チャン」
「っ私もっ!靖友のこと、愛してる!」
その瞬間、スッと野獣から光が放たれる。思わず目を閉じた少女が、再度目を開ければそこにあの獣の存在は無くなっていて。そこに居たのは鋭い目つきの一人の男。
「まじかヨォ」
「靖、友…?」
男は立ち尽くす少女の手を取り、立ち上がらせる。
「他の誰に見えるワケェ?」
ニヤリと笑うその男に、少女はまた涙を流した。
katharsis