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わんは…何で苗字の事ばかり考えるんだ?
今はそれ所じゃないあんに……でも、目を閉じて浮かび上がるのは…海でみた…あにひゃーのちらばかり。
わったーが出会えた事が…奇跡だって言った。…いつものわんなら、何言ってるば!って言って笑うだろうに……あにひゃーに…苗字に言われると…素直に嬉しかった。

「…裕次郎?」
「……」
「裕次郎!」
「あぃ!ぬ…ぬーがや、凛?」

凛に名前を呼ばれて、ハッと気が付いた。

「ぬーがやじゃあらんに。どうしたさー、ぼーっとして」
「…別に何もあらんさ」
「…そっか?…は〜っ、しっかし狭さよ、ここ」
「…そう言うなよ。どこも同じさ」
「へいへい。で、永四郎、なんかわかったんば?」

ベットに寝転んでいた凛が、体を起こして木手に言った。

「いや、まだ詳しい事までは掴みあぐねています」
「そうか…」
「甲斐くん、苗字さんは何もないのですか?」
「!…何でわんに聞くば?」

木手の言葉に、少しドキっとしてしまった。

「最近、彼女と親しくしている様ですから」
「へぇ〜?」
「…変な勘ぐりするなよ。別に何もあらん」
「仲良くするのは構いませんが、気を許し過ぎるのは禁物ですよ。特に彼女は、あの跡部くんと親しいみたいですしね」
「…わかったわかった。別に気にすることでもねーよ」

そうだ…別に…あにひゃーとわんは…何でも…。

「まぁ、そういう事にしときましょう。さて、本題ですが…」
「ちょっと待った永四郎」

木手の言葉を遮って、凛が言った。獲物を狙うような目をして、扉の方を向いた凛。

「…誰か?」

その言葉に応えるように、扉が開かれると、その先に、おにぎりの乗った皿を持った苗字が顔を出した―。



***



おにぎりを持って比嘉中の人達が使ってるロッジの前まで来た。
扉を叩こうとした時、中から話し声が聞こえるから、終わるまで少し待ってようとしたら、中から平古場君の声が聞こえた。
…何だか怖い声だったから恐る恐る扉を開けてみる。

「こ、こんばんわ〜」
「苗字!」
「やれやれ、噂をすれば何とやらですね」
「…噂?」

何の噂をしてたんだろう…ちょっと興味があるけど、聞いた所で話してくれる訳ないよね…。

「ところで、ぬーがよ」
「あー!これ、おにぎりの差し入れ!」
「…それは跡部くんの差し金ですか?」
「ん〜〜まぁ、そんな所かな?」

作ったのは樺地君だけどね。

「…いらねー」
「えっ、どうして?」
「…跡部の用意した物なんか、いらねーって言ったんばーよ!」

怒った口調で話す甲斐君。
その言葉に、私もムッとして甲斐君の前に立った。

「……ぬーがや…んもっ!!」

私は甲斐君の口に、思いっきりおにぎりを押し込んだ。
甲斐君は私の手を取って、口に押し込まれたおびぎりを手に取った。

「ごはっっ!ぃ、ぃやー!」
「おにぎりに罪はないんだから、ちゃんと食べて!」
「だからって、無理やり突っ込む事はないやんに!」
「こうでもしないと、食べないでしょ!…2人も、ちゃんと食べてよね!」

私は木手君と平古場君に向き直って言った。

「…分かりました。有り難く頂きますよ」
「…ぃやー、おっかねーのな」

2人におにぎりを渡し、私は大満足。

「ところでさ、何の話してたの?」
「…キミには関係のない事です」
「…そう言われると、かえって気になるんだよね…」

木手君の顔をじっと見て、聞きたい〜聞きたい〜教えろ〜っと言う念を送ってみた。
一向に帰ろうとしない私を見て、甲斐君が溜息を付いた。

「…どうする、木手」
「…まあ、いいでしょう。ここで追い返して事を荒立てられても困ります」
「だとよ。良かったな、裕次郎」
「だーから、何でもねえって言ってるだろ!」
「?」

平古場君と甲斐君のやり取りが気になったけど、とりあえず会話に参加していいんだよね!
やった!これで、比嘉中の皆の事もっと知れるね!

「話を元に戻しますよ」

木手君の言葉を聞いて、私は近くにあった椅子に腰を下ろした。

「で、どうなんだ」
「まず、全国大会直前に、この様な合宿が仕組まれた事が重要な要因です」
「?あれ、皆知らされてなかったの?」
「ああ」
「詳細が明かされず招集をかけられ、この様な場所で何のための合宿かいまだもって不可解です」
「それと?」

平古場君の言葉に、木手君が続けた。

「さらに移動の為の船、及びこの島の管理はあの氷帝の榊監督のものであるという事です」
「じゃあ、氷帝の跡部は何か知ってるって事か?」
「まだ分かりませんが、それが一番可能性が高いです」
「……」
「しっかし、わからんのは、その榊さんっていう人は今、いないさー」
「他にもあの程度の座礁で最新鋭の客船が、いとも簡単に沈没した事も怪しいでしょう」
「そしたら、まだどっかにいるって事か?」
「俺はそう思ってます」

…なかなかの推理力だね、木手君。いいトコついてるじゃない…。

「でも何の為に、そんな事するば?」
「考えられるのはただひとつ。全国大会に出場する他の学校を潰す事にある、と睨んでいます」
「えぇぇええええ!!」
「あぃ?!いきなり叫ぶな!」

叫ぶなって…それは無理でしょ!だって、榊先生や景吾がそんな事する訳ないよ!

「ちょっと待って木手君!榊先生や景吾がそんな事考えるはずないよ!」
「キミは氷帝の人間ですからね。そういう反応をすると思ってましたよ」
「…でもさ、木手。氷帝の選手もここにいるんだぜ?」
「そうだよ!」

甲斐君の言葉に便乗して、私は木手君に食いかかった。

「ですが、現在のリーダーとなっているのは跡部くんです。彼が氷帝のメンバーのみを優遇する様な事をしていたら…実際の所、彼らを監視していませんからね。どうにでも出来ると思います」
「…そんな…」
「怪しいのは分かったさ。で結局、跡部の尻尾を掴まないとダメという事だよな」
「山側のリーダーの手塚とも、何かコソコソしてるし」
「とにかく彼らの行動をよく調べる必要があるという事です」
「わかったさー」

…どうしよう。…皆勘違いしてるよ…。
確かに、この合宿を企画したのは榊先生。だけど、皆の事を鍛える為に企画されたこの合宿。全国大会の出場校を潰すなんて、そんなの有り得ないよ!
…そう言いたいけど、これは秘密の事なんだよね…言ったら、訓練にならないから…でも、このまま…疑われたままいるなんて…。

「…で、…苗字はどうする?」
「えっ…」
「彼女には普段通りの行動をしていただきます。話を聞いた以上、俺達に協力してもらいますよ」
「……」
「…この事を跡部くんに喋るならそうしたらいい。だたし…もうここには2度と近づかないで下さい」
「!!」
「…木手」

…木手君の目…私の体を突き刺すような…視線。
こわい……本気で…そう思った。

「……わかった…誰にも…言わない…」
「…ありがとうございます」

そう言って、目を伏せた木手君。

「とにかく遅くなったので、今日はもうお引取り下さい」
「…うん…」

私は扉の方に向かって足を進めた。

「でも、…これだけは言わせて」

扉の前で振り返り、3人の目を見て言った。

「景吾も、榊先生も…人を傷つける様な人じゃない。ずっと傍にいた…私がよく知ってる」
「……」
「…それだけ…。じゃあ、おやすみなさい」

疑ってる彼らに、そんな事言っても意味がないのかもしれないけど…でも、分かって欲しい。
口では偉そうだけど…いつでも、私達の事考えてくれてる…優しい奴なんだって…。
私はゆっくりと扉を閉め、自分のロッジへ帰った。

「……」
「大丈夫なのかよ、永四郎」
「特に気にかける必要はないでしょう。では、皆も明日から注意して行動して下さい」
「了解したさー」
「……」

ずっと傍にいた…私がよく知ってる――

頭の中に、さっきの言葉が繰り返される….
苗字と跡部は従兄弟なんだから、当たり前さ……なのに…なんでだ…胸が…締め付けられるように…苦しいのは.



***



「…苗字さん…どうしたんですか?」
「…えっ?」
「何だかボーっとしてますよ?手、止まったままですし」
「あぁっ!ごめん!」

管理小屋に戻って、コートのネットを作ってたら辻本さんと小日向さんが帰って来て、一緒に穴を塞ぐ作業を手伝ってくれてる。早く仕上げてしまいたいのに…集中できない。…比嘉中の人達があんな事考えてるなんて…どうすれば、誤解が解けるだろう…私は…何が出来るの?…何も…出来ないの…?

「よし!完成!!」
「えっ…」

気が付くと、穴の開いてた所が全部繕われてる。

「あー!ごめんね!私ぼーっとしちゃって…」
「大丈夫ですよ!…それに、苗字さん…顔色よくないですよ?」

辻本さんが私の顔を見て言った。

「今日海に落ちたって言ってましたよね?風邪とか引いたんじゃないですか?」

心配そうに言ってくれる小日向さん。

「…心配してくれてありがとう。…多分ちょっと疲れただけだと思う」
「じゃあ、今日はもう寝ましょうか!明日も早いですし」
「そうだね」

私達は網を片付け、ベットに潜り込み、明かりを消した。

星を見上げ…目を瞑って、私は願った…。
どうか…比嘉中の皆が…景吾の事を…榊先生の事を…――
私達の事を……信じてくれますように――。

しおり
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