08


「ふっ…あぁぁあ〜…良く寝た…」

景吾に部屋まで送って貰って、私はすぐ寝てしまった。
大丈夫だと思っても、やっぱり体には負担がかかってるんだな…。…さてっと、顔でも洗ってさっぱりしよう!そろそろお昼の時間だし。
ベットから足を下ろし立ち上がった時、ドアがコンコンッと叩かれた。

「はい、どちら様?」
「俺だ」

誰と聞いて、俺と答える奴は1人しかいない…。

「どうぞ〜」

木のドアが開けられた先から入って来たのは、予想通り景吾だった。

「気分はどうだ?」
「大丈夫!あれからすぐ寝てスッキリ」
「フッ、そうか。…ほら、これ」

差し出された物を見ると苗字名前さんと書かれた、私の薬袋だ。

「監督と連絡を取ってSPに持って来させた。これで、大丈夫だろ」
「早っ!大丈夫だったの?誰かに見付かったりとか…」
「俺様がそんなへま、するわけないだろ。アーン?」
「ふふっ、そうだね。ありがとう!」
「でも、薬があるからって無茶をするんじゃねーぞ?分かったな」
「はいはい、分かりました。気を付けます」
「おまえの分かったって言葉程、信用できねぇものはねーよ」
「ひどっ!」
「フッ…さっ、昼食の時間だ。…行くぞ」
「うん!」

食後用の薬を取りだし、景吾と一緒に食堂へ向かった。



***



食堂に着くと六角のメンバーが昼食を作り終えた所だった。
今日のメインは焼き魚!獲れたての魚みたいで、凄く美味しかった。

食事の後はミーティング。私は辻本さんと食器を洗っていた。今は比嘉中の3人待ち。六角メンバーは苛立ちを隠せない様子。そう思ってるうちに3人が到着した。
私達も洗い物を済ませ、比嘉中メンツの横に座った。

「ぃやー、もう平気なのか?」

隣に座ってる甲斐君が小さな声で訪ねてきた。

「うん。あの後すぐ寝てスッキリした!寝不足だったのかもね」
「…そっか…。ならいいけどよ」

比嘉の皆が集まったので、昼のミーティングが始まった。昼からは少し離れた所まで散策に行く事に。

「探索ポイントは地図に記してある。それ以上は行くな。なにがあるか分からないからな」
「ねぇ、景吾。私と辻本さんのスケジュールが組まれて無いんだけど…」
「あっ、本当だ」
「お前達は他の奴の手伝いだ」

成程。確かに私達は正規の合宿メンバーじゃないからね。景吾なりの気遣いかな?……あれ?
スケジュール表を覗き込むと樺地君のスケジュールが組まれてない……と、言う事は…

「景吾、樺地君のスケジュールは?」
「樺地は俺の手伝いだ」

やっぱりね…。
その後、ルドルフの柳沢さんのスケジュールも抜けている事に気付いた。
柳沢さん…自分のスケジュール忘れてどうするの…と、心の中で笑った。
結局、柳沢さんも私達と同じ様に、他の人の手伝いをする事に。
それで昼のミーティングは終了した。
さて、と。私達は誰かの手伝いか〜。どうせなら、私達にしか出来ない様な事したいよね〜。
そんな話を辻本さんとしながら歩いていた。
…それにしても、流石南の島。昼間になると、太陽の陽射しがきつい…咽もカラカラになっちゃ……そうだ!

「ねぇ、辻本さん!皆に水を配ろう」
「お水ですか!それいいですね!」
「確か、近くに川があったから、そこで冷やして皆に持って行ってあげよう!」
「はい!そうしましょう!」

私達は炊事場に向かい、置いてある空のペットボトルに浄水器の水を入れた。
水に塩を少し入れるといいと小日向さんが言っていたのを辻本さんが思いだし、水にひと摘み塩を入れた。
人数分の水を作り、それを持って川へ向かった。

川に着いた私達は、流れない様に石で囲いを作って、そこにペットボトルをほり込んだ。
冷えるまでの間、私達はお互いの話をした。学校の事、友達の事、部活の事、昨日の夜話した、気になる人の事。
辻本さんは、懲りずに誰が好きなんですか?って聞いてくる。だから、逆に私が聞き返して、辻本さんの好きな人を吐かせてあげた。
真っ赤になって話す辻本さんが可愛かった。
そんな話をしてると、時間もあっという間に過ぎて川からペットボトルを上げると、いい感じに冷えている。
半分ずつペットボトルを持ち、手分けして配ることにした。
氷帝メンバーに海岸で遊んでた六角中の人達に水を配って…あとは比嘉中の人達だけか…どこにいるのかな?

私は浜辺を通って、岩場の方へ足を向けた。
結構足場悪いな〜…気をつけて歩かないと…と、そう思っていると、前のほうに紫のユニフォームを着た3人を発見!

「おーーい!」

その声に3人が振り向き、甲斐君が手を上げてくれた。私は手を振り、足取りを早めた。

「こんな所にいたー!今皆にみずっうわっっ!!」
「、あぶねっ!!」

足場の悪い岩場でバランスを崩し、その場に倒れそうになった。
ペットボトルを抱えてるから、手をつく事も出来ない。
やばい!…そう思った瞬間……フワッと抱き止められた。

「……?」
「フー…危なかったさー」

上から声がする。
顔を上げて見ると、数メートル先にいた筈の甲斐君が私を支えてくれていた。
…確か、平古場君が言ってた縮地法ってやつだよね?

「あっ、ありがとう!…あはは、何か甲斐君には助けられてばっかりだね」
「…ぃやー、足場悪いんだから気ぃつけろよ」
「はい。気をつけます」

私は立ち上がり、甲斐君にペコリとお礼をした。向こうで待ってる2人の下へ行き、持っていたペットボトルを差し出した。

「はい、お水!こう暑いと咽渇くと思って配ってたんだ」
「おっ、サンキュー」
「気が利くやっしー」
「どうも」
「3人ともここで何してたの?」

ペットボトルを渡しながら、彼らに聞いてみた。

「食料調達ですよ。我々は跡部くん達から食料を貰う事はできませんからね」
「だるなー」
「まっ、食料調達はお手の物だしな」
「ああ。合宿で散々やらされたからな〜」
「えっ?!合宿でそんな事までやらされるの?」

甲斐君に、監督がスパルタ主義ってのは聞いてたけど、そこまでさせるとは。
テニスと全然関係ないんじゃ…?

「…ところで、キミはいつまでここにいるつもりですか?」
「えっ?いちゃまずいかな?」
「まずい訳じゃありませんが、もう用は済んだでしょう。さっさと、あちら側へ戻ってはどうですか?」

どうやっても私を離れさせたいらしい、木手君は…。

「でも、私もやる事ないし、折角だから食料調達手伝うよ!」
「結構ですよ。キミがいなくても我々だけで大丈夫です」
「いいじゃない!マイナスにはならないと思うよ!…多分…」

食い下がらない私に、溜息を付いて困った顔をする木手君。

「別にいいんじゃないの、永四郎。手伝ってくれるって言ってるんだからさ」
「気にしなくていいだろ」

平古場君と甲斐君がフォローを入れてくれた。
ちょっとは私を認めてくれたって事かな?

「…まあ、いいでしょう。足手まといにならない様にして下さい。いいですね?」
「大丈夫!」
「…さっきこけ掛けた人に言われても、説得力が有りません」
「……何か、景吾みたいな事言ってる……」
「彼と一緒にしないで下さい」

そう言って3人は各自の場所に向かって分かれた。
よーし!私も頑張るぞ!


道具を借りて、私は少し高くなった崖の上から糸を垂らした。
釣ってあんまりした事ないけど…確かハゼは簡単に釣れるって聞いた事あるからそれ目当てでやって見よう!

……………………

………………

…………

……何もかからない……。

「ん〜〜〜〜〜〜」
「ん?何やってるんば、ぃやー」

なかなか上手くいかなくて唸ってる私に、平古場君が声を掛けてきた。

「あっ、平古場君!ハゼを釣ろうと思ったんだけど、なかなか釣れないんだ〜」
「ハゼを?ハゼってのはダボハゼとも言って、いくらでも釣れる魚だぜ?。ぃやー、ものすごくヘタっぴなんじゃないのか?」
「そうなのかなぁ〜…」
「ちょっと見せてみ…」

平古場君が私の竿をひょいと持ち上げた。

「…おい、餌がないんどー」
「えぇ?!私ちゃんと付けたよ?」
「食われたんだよ。多分カワハギ辺りにな」
「へぇ〜…全然気がつかなかった…」
「カワハギは餌取りの名人だからな。釣れないと思ったら、餌の確認しとけ。カワハギのアタリを察知するのは素人には無理よ」
「そっか…分かった!気をつけるよ。アドバイスありがと!」
「おぅ。ちばれよー」

手を振りながら、平古場君は他の場所に移って行った。
ちばれよー…って…どんな意味なんだろう…。多分励ましてくれてるんだと思うんだけど。…よーし!平古場君に教えて貰ったし、頑張っていっぱい釣るぞー!



***



あれから30分。
平古場君に教えてもらった通りにしたら、ハゼも結構釣れる様になった。そして…今私は、ちょっとしたピンチを迎えていた…。

「ふっんぬぬぬぬぬぅぅぅ!!」
「おや?なかなか強い引きが来ている様ですね」
「きっ、木手君!お願い、た…すけてぇぇ!海に…引きずりこまれる!!」

そう…折れそうな位に曲がった竿。今力を緩めると、竿と一緒に海に落ちる事間違いなし。

「オーバーな…どれ、貸しなさい」

木手君が竿を持ったのを確認して、私は手を離した。

「むっ?!こ、これは確かに強烈な引きですね」
「でしょ…!私ビックリしちゃった…」
「あぃ?どうしたんだ、木手?」
「おお!大物みたいやっしー、永四郎」

様子を見に来た甲斐君と平古場君。

「彼女が当てたんですよ。…これは…手応えがあります」
「手伝おうか?」
「網を頼みます!もうじき姿が見えるでしょう」
「わかった!」

甲斐君は急ぎ網を取りに行った。

「おっ!見えて来たんど!」

平古場の言葉を聞いて、海を覗き込むと、大きな黒い魚が海面をビチャビチャ音を立てて動きまわっている。

「うわー、こりゃでけぇ!」
「これは…シマガツオですね。かなり…深い所に住む魚のはずですが」
「あははっ、変な顔の魚!」

私達が魚を見ながら話してると、網を持った甲斐君が帰って来た。

「甲斐くん!網を頼みます」
「任せれー!」

バシャバシャ暴れてる魚を、甲斐君がひょいっと網で掬い上げる。

「やったー!釣れたよ!お疲れ様、木手君」
「いえ」
「それにしても…グロテスクな魚だね。…これ、食べれるの?」
「ええ、もちろん食用ですよ。新鮮なものなら、味もなかなかです」
「やるやっしー、苗字!」

平古場君が私の頭をポンと叩いた。

「私何もしてないよ?釣ったの木手君だし!」
「何言ってるんです。俺は釣り上げただけですよ。キミの手柄です、苗字くん」
「…へへっ、ありがっっ!」

木手君が初めて私を褒めてくれた事が照れくさくて、頭を掻いて下を向いた瞬間、目の前がふらっと揺れた。
軽い眩暈だ…いつもならそのまま踏み止まれるが、足場が悪いせいか、またバランスを崩してしまい、気が付けば私の下に海が広がっていた。

「っっうわぁ!!」
「苗字、っうわっ!!」
「裕次郎!…ってやっべ」
「平古場くん!!」

海に落ちていく私を助けようと、甲斐君が私の体を抱える。
それでも、間に合わず落ちそうになった私達を、平古場君が掴んでくれた…でも、上手く踏み留まれなくてバランスを崩す平古場君。
それを見て、木手君も手を伸ばしたが、重さに耐え切れず――

バシャァァーーーッッ

結局皆海に落ちてしまった。

「ぷはっっ!ごほっ!皆っっ、大丈夫?!」

海面に顔を出した私が皆を呼ぶと、私を囲む様に3人の顔がひょこっと出てきた。

「ぶはっ、…あーびっくりしたさー。まぶやーまぶやー」
「苗字、大丈夫だったか?」
「褒めた途端…これですか…」
「…ごめんなさい……っぷっあははは!」

立ち泳ぎしながら会話する私達。その姿を想像すると、笑いが込み上げてきた。
そんな私を見て、最初は皆きょとんとしてたけど私につられて甲斐君が、平古場君が、木手君までもが笑い出した。

「さぁ、もうすぐミーティングの時間ですね。帰りますよ」
「はーい!」
「その前に服着替えたいさー」
「だなー…苗字も帰ったら着替えろよ?風邪引くかもしれねぇから」
「うん、そうする!」

釣った魚を持って、私達はロッジに向かった。
数時間前のギスギスした雰囲気はなくて、皆で笑って話しながら帰った。
こうやって、少しずつ…仲良くなっていこう。彼らと…もっと―――

しおり
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