Vodka


 組織内において、チームを組んで行動している者は多い。理由は様々で、得意分野が異なるからこそ共に行動する者たちもいれば、逆に、同じ分野に秀でる者同士で組む者たちもいる。
 例えば、ジンとウォッカは前者、キャンティとコルンは後者である。
 ウォッカは、ジンに見込まれてツーマンセルを組むようになった。相棒という立場ではあるが、上司と部下という関係は続いており、ウォッカはジンを"兄貴"と呼ぶし敬語を使う。ウォッカが単独で仕事につくことは少なく、ジンの補佐がほとんどだ。
 某との取引後、拠点へ向かう車の中で、ジンのスマホが鳴った。ウォッカは特に問うこともなく、進行方向を見据えてハンドルを握る。
 助手席のジンの声は不機嫌そうだった。「ああ」「はあ?」「チッ」全く電話の内容が予想できない。ただ、不機嫌を隠さないジンに対して言葉を重ねられるのは、ある程度力のある幹部だろうと予想する。例えばベルモット、キュラソー、そして。

「ガヴィ、高くつくぞ」

 あの方の懐刀である、ガヴィだ。ウォッカは数度会った程度で、ガヴィのことはよく知らない。組織で知られている情報しか持っていないが、ジンは以前からーーウォッカと組む前からーー付き合いがあったらしく、ごく稀に連絡を取っている。
 ガヴィと話すときのジンは決まって不機嫌だ。毛嫌いしている訳ではなさそうだが、楽しそうには見えない。
 ガヴィとジンの関係については、ウォッカが詮索すべきことではない。しかし、気になるのだ。

「……ウォッカ、俺は拠点で降りるが。お前は、今から言う住所にガヴィを迎えに行け」

 なぜかジンは、ガヴィの頼みを断らない。




 指定された場所に行くと、人一人入れそうなキャリーケースに腰かけた女を認める。
 ウォッカが車を寄せると、ガヴィは重そうにキャリーケースを後部座席に放り込み、自分は助手席に乗り込んだ。
 
「助かった」
「あ、いや……。で、どこに向かえばいいんだ?」

 なんというか、一般人らしすぎて対応に困った。一九〇を越えるジンよりも随分小柄で、人相も悪くない。ベルモットのように色気があるわけでもない。普段助手席に乗っている人物との差に、運転手ウォッカの違和感は大きい。
 ガヴィは目的地を告げると、あくびを一つして、ウォッカに断ってからブーツを脱いだ。
 コードネーム持ちともなれば、互いの仕事に無闇に干渉はしない。あの方の懐刀らしく秘密が多い上に単独行動ばかりのガヴィの仕事内容など、ウォッカが知るはずもない。

「……兄貴に、何か言ったのか?」
「ジン?」
「お前と話してる時、機嫌が悪くなったからよ」
「いつものことだ。やり方が合わないから、ジンに嫌われてる」
「あの方の腹心であるお前に、兄貴は手出しできねえってことか」
「ぼくを失うことで被る損害は大きい」
「兄貴は、気に入らなくとも頼みごとは引き受けてんのか……」
「珍しいか」
「ああ、まあな」

 ジンは組織の中でも好戦的な部類だ。気に入らなければたとえ幹部でも容赦しない。ミスをすれば、ざまあみろと銃口を向けて制裁するタイプだ。ガヴィに対しては、嫌っていても手を貸すあたり、実力を認めているのだろう。
 兄貴の弱みでも握ってんのか、と冗談ぽく言う。ガヴィは少しだけ笑った。

「そうだな。弱みか、それはいいな。少し手を貸したことがあるだけだ」
「ジンの兄貴に?兄貴が何か……その、」
「ヘマしたんだよ、ジンが」
「どんな?」
「それは秘密。また足を借りるかもしれないから」
「車は持ってねぇのか?」
「バイク。身軽な方がいいから、あんまり乗らないけど」

 それきり、ガヴィは腕を組んで俯いた。横目で見ると、確かに目を閉じている。眠っているのか、ポーズだけなのかは分からない。
 マイペースだな、とため息を一つ。あのジンのヘマとは考えにくいが、それをこの人物がフォローしたというのも信じがたい。ボスの懐刀、と思えば納得もできるが、やはりそうは見えないのだ。
 タイミングが合えば兄貴に聞いてみるのもいいが、

「……まるで、三人乗ってるみてぇな運転の感触」
「三人乗ってるからなあ」

 道理で。
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