Rye
ライは既に組織に殺された存在で、現在はFBI捜査官として身を隠しながら生活している。ライとして動いていたのは三年間、ジンと仕事をすることは惜しくも出来なかった。だが、ジンやナンバーツーのラムをすっとばし、ボスの懐刀であるガヴィと仕事に当たったことがある。
組織で頭角を現し、信頼を少しずつ得て、コードネームを与えられて少しした頃のことだ。突然、知らぬ番号から電話がかかってきたのだ。ライの携帯ではなく、組織に潜り込むために作り出した男の携帯に。
作りモノとはいえ、ライのプライベートナンバーと言って差し支えないものを、誰彼構わず教えている訳がない。一体どこから漏れたのか――警戒しながら応答すれば、ガヴィだと言うではないか。特徴がないことを特徴とする、ボスの傍仕え。そんな彼女が、コードネームを与えられたばかりの新入りに、仕事を振ってきたのである。
罠かと思われたが、断る理由なぞなかった。
指定された場所に行けば、まだガヴィは来ていなかった。運転席で煙草をふかしながら待っていると、指定時間の五分前に、助手席の窓がノックされた。鍵を開けてやると小柄な女が乗り込んできて、座りやすい位置を探しながら、ライの吸っていた煙草を握りつぶして捨てた。
「ハジメマシテ。狙撃手のライね」
「きみがガヴィか。思ったより若いな」
「思ったことが口に出るの、なんだかアメリカンだな」
「偏見じゃないのか」
予想よりも、はるかに若かった。童顔なせいかもしれないし、小柄なせいかもしれない。ボスの懐刀というくらいだから、ベルモットのような女性を想像していたのだが。
ガヴィはシートを少し倒して、ぼうっとライを見つめる。
「……俺の顔に何か?」
「なにも。で、仕事のことだけど」
他のメンバーが行った仕事の尻拭いだった。殺し損ねた要人に止めを刺す、という。標的は設備のいい病院に移送されることになっており、ライへの依頼は、その車両をパンクさせることだった。路肩に止まったところを、ガヴィが襲撃する。非常にシンプルな計画だった。
「しくじったヤツは再教育されてる」
「殺さなかったのか」
「今、ジンが忙しいんだって」
「……それも、理由なのだろうが、君としてはどうなんだ」
「弾の無駄遣いはしない主義」
ライは二本目の煙草を取り出す。ライターで火をつけた直後、ガヴィが灰皿に突っこんでいた。三本目は、くわえた段階で銃口を向けられた。
仕事は滞りなく遂行された。ライが狙撃ポイントに止めた車内から狙撃し、パンクした車両は路肩で停止する。そこへ、待ち構えていたガヴィが乗り込み、消音器をつけた銃で全員の息の根を止めた。ガヴィは爆弾を仕掛けて引き上げ、遠隔操作で爆破した。
ライが狙撃してからガヴィが引き上げるまで、あっという間だった。爆破するとはいえ、標的の死亡確認は十分なのかとそれとなく問いかけると、ガヴィはライの煙草を再び没収しながら答えた。
「脳幹吹っ飛ばされて、生きてる人なんていない」
「標的の他、運転手と護衛と医療関係者の合わせて六人が乗っていたはずだ。それをあの一瞬で、外すことなく急所を打ち抜いたと」
「銃口を脳幹の位置に向けて、出来るだけ早く順番に引き金引けばいいだけ」
ガヴィは勝手にミュージックプレイヤーを操作して、ライの好みを探るように次々と曲を変えていく。満足したのか、好みの曲があったのか、しばらくしてから座席に背を預けていた。
ライは、ガヴィに指定された場所へ車を向かわせながら、初対面とは思えないほどリラックスしている彼女を一瞥する。
「……なぜ俺だったんだ?きみほどの実力があれば、輸送中でなくとも襲撃は出来ただろう。狙撃手も、俺より信頼できるメンバーがいたんじゃないのか」
「分かっていること、わざわざ聞くんだな」
やはり、試されていたらしい。それも、ボスの懐刀が直々に出向いて。
はっきりと言われたことはないが、自分にもNOCの疑いがかかっているのだろう。ボロが出れば、ガヴィによって瞬殺されていたわけだ。
ライは表情には出さずとも、少しだけ安堵していた。正真正銘組織の幹部と接触し、顔を見て、その実力も垣間見ることが出来た。その上、今自分が生きているということは、なんとかライという存在を繋ぎとめられたらしい。
「ところで、煙草は」
「ジンのポルシェ、二台目なんだ」
「……そうか」
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