Vermouth


 コードネームを持つ組織の構成員は、幹部として扱われる。基本的には同列で、上下関係などありはしない。ナンバーツーのラムはもちろん例外だ。
 基本的には同列だが、作戦指揮や仕事の管理が多いジンと、ボスのお気に入りとして知られるベルモットは、幹部の中でも上の立場にあたる。ラムの腹心であるキュラソー、ボスの腹心であるガヴィも同じだ。
 ベルモットはボスのお気に入りだが、似たポジションにあるガヴィと特別親しい訳ではない。ベルモットもガヴィも単独行動は多いが、お気に入り故に許されるベルモットと、ボスの意志通りに一人で動くガヴィとでは、中身が少々違うのだ。ボスに大切にされているのがベルモットだとすれば、ボスからの仕事が多いのがガヴィである。
 関わりがないといいつつも、相対的には、よく連絡を取っていると言える。連絡事項があることを思い出し、そのために電話をかけて当然のように通じるのがその証拠であった。

 ベルモットは、やや湿り気のある髪に指を通しながらソファに腰掛けた。入浴後でほてった体を覚ますため、バスローブの胸元は大きく空いている。長い足を組むとさらに煽情的で、この誘惑をかわせる男はそういない。
 種々の酒瓶の並んだテーブルを挟み、向かいに座っているのは、残念ながら女性であった。そこそこの付き合いもあるので、ベルモットの姿に動揺することもない。こちらもまた足を組み、空のグラスを握りしめていた。
 虚空を見ている彼女は真顔だが、その雰囲気は、不愉快さや不機嫌さを隠そうともしていなかった。

「私がバスルームに行ってる間、ずっと飲んでたわね?そろそろやめておきなさい、ガヴィ」
「……」
「確かに貴女は殺気立つことなんてないから、気楽にいられるけれどね。ずっとそんな調子じゃ不快よ」

 ガヴィはベルモットを一瞥し、カンッ、とグラスをテーブルに叩きつけるように置く。いつのまにやら靴を脱いでおり、ソファに横になった。
 ベルモットがガヴィを潜伏先のホテルに呼び出し、おそらく知らないであろうことを話してから、ずっとこの調子だった。初っ端の「はあ?」はとてもドスがきいていて、思わず臨戦態勢に入るところだった。
 ベルモットがわざわざ呼びつけなくともそのうち耳に入っただろうが、そうなると後が怖い。なぜ伝えなかったのか、と静かに責め立てられるに決まっているのだ。ジンやウォッカ、キャンティやコルンと一緒に。
 ベルモットとて大人しく叱られるような可愛げはないが、ガヴィは敵に回したくない部類の人間なのである。ベルモットは、ガヴィの実力をよく知っていた。
 
「親しいのは感じていたけれど、貴女、彼女と本当に仲が良かったのね」
「仲良しって……僕らには到底似合わないな」
「そうね。なら、どういう言葉がいいかしら?」
「……仲間、も違うな。相棒でもないし。同志なんて立派なものでもない。けど、彼女のことは好きだったよ」

 ベルモットは素直に驚いた。特定のバディを組むこともなく、一人で飄々と動いているガヴィが、特定の人間を認めているとは思っていなかった。それを失い、苛立っているのである。彼女も人間らしいところはあるらしい。
 それでも、引きずることはしない。騙し騙され、殺し殺されが組織の日常だ。目の前にいる人物が本当に味方かもわからない。死んだ者の弔い合戦など、時間と弾の無駄である。ベルモット自身の考えはともかくとして、ガヴィはそう考えるだろう。
 ガヴィは根っから、この真っ黒い組織に染まっている。


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