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「人のことは言えないが、赤井も踏んだり蹴ったりだな……」

 運転席に座る降谷が、深いため息とともに呟いた。
 助手席に座っている新一は、複雑な顔で頷く。降谷の好意で、送ってもらう最中だ。新一が想像できないほどに忙しい立場なのだろうが、降谷が「気分転換だ」と眉間を揉むと、部下たちも反対はしなかった。
 
「来日すればガヴィの捕獲。そこに、彼女を探す男の存在だ」
「すんごい剣幕だったなあ……」
「俺のことを短気だなんだと言えたもんじゃない」

 依頼の説明を終えた後、赤井が真っ先に確認したのは宮野志保のことだった。赤井が沖矢昴として近くにいた頃とは違い、赤井にはFBIの仕事がある。彼女は安全か、怪しい人物は近づいていないか、と早口でまくしたてていた。
 そこは新一も気がかりだったが、ベルモットから依頼のことを聞いた降谷がすぐに護衛を手配していたようだった。彼女を大切にしているのは、新一や赤井だけではなく、降谷も同じだ。

「そういえば、降谷さん。コーヒーはブラックで飲んでなかったっけ。今日ミルク入れてたよな」
「……空きっ腹のコーヒーを控えてるんだ」
「え、痛めてる……?」
「十二指腸潰瘍らしい」
「うわあ……ん?」
「どうかした?」
「……赤井さんの来日って、ガヴィのことじゃなかったのか?」

 降谷が露骨に"しまった"と言いたげな顔をした。また新一が首を突っ込みたがる、と思ったに違いない。

「……はあ。今、赤井のチームが追ってる奴らが、日本に来ているらしい。来日理由はそれだ」
「黒の組織みたいな?」
「もっと小規模だ。あるマフィアの一部が独立して動いているんだってさ。よくもノコノコと日本の土を踏んだなと言いたい所なんだが……」
「が?」
「…………銃撃戦の話は聞いて、ないよな」
「ない」

 込み入った事情があるらしく、降谷の表情は一向に和らがない。真剣な横顔を見つめながら、安室のような朗らかな表情を懐かしく感じた。
 
「赤井は来日前、ギャングが起こした銃撃戦の鎮圧に招集された。そこで、逃亡するガヴィと遭遇しているんだ」
「え!?初めて聞いたんだけど!」
「巻き込みたくなかったから、話さなかったんだ。けどガヴィの取り調べもきっちり見た上、君が気にしていた依頼を預けてもらうことになったからな……。大人しくしろと言って聞く子じゃないのは知っている」
「あ、ははは」
「だが!明日の取り調べは呼ばないからな。進展があったら連絡するから、勝手な行動は慎むように」
「……はい」
「よろしい。……その銃撃戦でガヴィとやりあっていたギャングのことだ。彼らは名も知らない男から、金と銃器を与えられ、指示に従ってガヴィを待ち伏せしていたんだそうだ。銃の入手ルートを洗った所、あるマフィアから流れたものだと分かった」
「……それって、もしかして」
「赤井が追っているグループが関わっているらしい」

 これは俺もさっき聞いたんだ、と降谷がうなだれた。赤信号なので事故の心配はないが、クラクションを鳴らさないよう気を付けてもらいたい。
 新一は、胃が痛んできた気がした。降谷の気持ちも分かる。
 ガヴィを追ってマフィアが来日し、そのマフィアを追って赤井が来日したのだ。

「手間が省けたような、ただ厄介になっただけのような……」

 降谷がやや乱暴にハンドルを切る。

「一体なぜ日本に来るんだ……どいつもこいつも……」
「じゃあ、ガヴィだけじゃなく、そのマフィアも追うことになったのか」
「FBIはオフリドと呼んでいるらしい。酒樽組織並に忙しくなるぞ……俺は実動じゃないだけマシなんだが」
「手伝えることがあったら言って」
「そうならないようにしたいんだけどね」

 白のRX-7が、工藤邸からやや離れた場所に停車する。毛利探偵事務所の付近を通らないようにしているのと同様に、工藤邸の隣にある阿笠邸にも、注意をしているのだ。阿笠や宮野はともかく、阿笠邸に遊びに来る子供たちは、降谷零と面識がない。
 新一は礼を言ってシートベルトを外した。ドアを開いて片足だけ外に出し、その中途半端な体勢で呼び止められる。

「新一君。君の意見も参考にして、話を進める。だが、俺はこの国を守らねばならない。……あいつは危険すぎる。拘束しているからといって油断は出来ないんだ。どうなっても、君に謝ることはない」
「……」
「ガヴィに償わせたいのは俺も同じだ。別に殺したい訳じゃない……そのくらい憎んでいるのは否定できないけどな」
「……大丈夫です。俺も、分かってるから」
「そうか。今夜はゆっくり休め」

 休めていない人間にそう言われても素直に頷けず、曖昧に笑う。今日、会議室にいたメンバーが温かい食事を摂れることを祈るしかない。
 ドアを閉めると、白いスポーツカーは独特のエンジン音をさせて発信する。
 新一は、車が見えなくなるまで立ち尽くしていた。


*

 深夜、FBIが拠点にしている一室で、赤井は頭を抱えていた。
 仮事務所には常に捜査官がつめており、日付を越えた今も赤井を含め数人の捜査官がいた。日本の警察とは異なり私服が多いこともあって、堅苦しい雰囲気はない。だが重要任務中であることに変わりはなく、夜食や仮眠をとっている者の他、情報の洗い直しや映像の分析を行っていた。
 そんな中で、赤井は頭を抱えていた。対面では、ジェームズが眉間をもんでいる。

「……赤井君」
「……はい」
「あり得ないと分かってはいるんだが」
「はい」
「ガヴィがBND(ドイツ連邦情報局)の所属である可能性は?」
「……ゼロであると信じています」

 ガヴィのセーフハウスを中心として"シャルロッテ"という名の検索依頼を出した結果、ドイツの連邦警察が予想外の渋りを見せたのだ。他欧州諸国は快く応じてくれたものの、"シャルロッテ"という名は珍しくなく、めぼしい手がかりはつかめなかった。
 連邦警察は最初こそ好意的だったが、ガヴィの拘束を知らせると対応が渋くなっていったのだ。最終的には、遠回しにガヴィの身柄引き渡しまで要求してきた。手に負えないのならば、関係のあるらしい自分たちが調査を引きつぐ、と。
 FBIに借りを作る機会と捉えても良さそうなところ、ここまで協力を渋る理由はいくつか考えられる。
 一つは、ジェイムズが言ったようにドイツ諜報機関の潜入捜査官である場合だ。自国の捜査官を取り戻そうとするのは当然だ。
 だが。

「BNDの所属だとしたら、ドイツとアメリカ間の戦争にもなりかねません。組織壊滅時はほとんど出てきませんでしたが、埠頭でうちの捜査官を多数殺害していますから」
「そうだな……BNDが、ガヴィに何らかの借りがあるのかもしれん」
「我々の知らない繋がりがあるのは確かでしょう」

 公的機関が犯罪者の情報網を利用することはままある。ガヴィは欧州で広く活動していたので、欧州の警察組織と極秘のパイプがあってもおかしくはない。ただ、他国に拘束されている状態でも身柄引き渡しを要求させるほどの貸しを作っているのかと言われると、納得しかねる。ガヴィがBNDの弱味を握っており、流出を恐れていると言われた方が現実味があった。
 赤井はスマフォの電源を入れて、電話帳から降谷の番号を出した。明日の朝一番の報告でもいいが、おそらくまだ起きているだろう。
 呼び出し音を聞きながら、ため息をついて天井を見上げる。単純な多忙による疲労だけではなく、捜査に進展が見られないことによる焦燥感もあった。
 ガヴィのことは、拘束した日本警察にある程度任せているが、オフリドの追跡はFBIが主導で行っている。恐ろしいほどに手がかりがなく、士気が下がりつつある。
 
『……なんだ、赤井』
「ガヴィがドイツと仲良しかもしれん」

 ガヴィとオフリドに関係が見られたことだし、改めて、黒羽に話を聞きに行ってもいいかもしれない。
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