8-4


 公安警察が、ガヴィの潜伏先特定で火を吹いていた頃。新一はトロピカルランドへ足を運んでいた。メンバーは子ども三人、自分の恋人、友人、友人の恋人、相棒、そこに自分を合わせて八人だ。
 当初は、車を借りて日帰りキャンプに行く予定だった。だが昨日、ガヴィ脱走の報を受け、新一と宮野が前日ドタキャン。警護がいる身分で土地勘のない場所に赴くのは気が進まなかったのである。
 新一と宮野の不参加が決定したことで、キャンプは中止。服部、遠山、蘭の三人で子どもたち三人を見ることは出来るだろうが、キャンプの目的は"普段顔を合わせづらい宮野と子供たちの交流の場"かつ"彼女を待たせがちな服部と新一の挽回の場"である。新一と宮野の存在は、キャンプの目的において、必要不可欠だったのだ。
 だが、キャンプの中止を子どもたちが快く受け入れるかと言えば、別の話である。おまけに中止を知らせたのが前日とあっては、子どもでなくとも落胆する。新一と宮野が体調不良ならばまた違ったのだろうが、彼らは健康体で、急ぐ用事もない。ただ、同行出来ないだけ。予定のキャンセルを言い渡された子どもたちを宥めるのは簡単ではなく、事情を明かせない保護者役の協力を得ることも出来ず、新一の心は痛むばかりだった。
 そこで、代替案を出したのは服部だった。ガヴィの事情を知らない服部は、それでも新一と宮野の様子から何かを察して、さほど遠くなく、子どもたちが楽しめ、新一ら(関東住み)がある程度慣れている施設を提案した。
 それがトロピカルランド。近場の遊園地である。
 新一と宮野はすぐその提案に乗った。休日故に人出は多くなるだろうが、人の目につきにくい場所が多いキャンプ場よりは精神的にも楽だ。

「サンキュー服部」

 トロピカルランド前駅で合流し、服部に耳打ちをする。宮野もさりげなく近づいて「ありがと」と微笑んだ。
 服部が宮野の笑みに目を瞬いた後、新一と肩を組んで声を潜める。

「みっず臭いわあ、俺らの仲やろ。何が起こっとんや」
「超やばいヤツが逮捕されたり脱走したりしてる」
「詩人の工藤が『超やばいヤツ』やと……相当やんけ」
「俺とあいつ(宮野)が関係してるって時点で、多分お前の思ってる通りの関係だ」
「……外に出て来て良かったんか」
「ドタキャンは良心が痛むし……警護ついてっからな。組織が再編されたってのでもないし、危険度的には、コナンと灰原ンときよりマシ」
「納得すんのも複雑やわ」
「あなたたち。秘密会議は、今日は控えなさいね」
 
 話し込みそうな空気を察知したのか、宮野が釘を刺す。新一と服部は良い子の返事をして、ヒューマノイドロボットとたわむれている子どもたちの輪に入った。


 入場待ちの列に並び、しばらく待つ。子どもたちのテンションが心配だったが、電車で爆睡した後、駅のロボットで目が覚め、らんらんとしていた。タフな子どもたちには杞憂だったらしい。パンフレットを取り、アトラクションの順番を決めていればあっという間だ。
 
「んで、最初に何に乗る?」

 入場と同時に新一が問いかけると「ジェットコースター!」三人の声がハモる。

「初っ端からとばすなあ」
「平次お兄さん、ジェットコースターこわいんですか?」
「んなこと言うてないやろ余裕や」

 新一はジェットコースターに向かいがてら、各アトラクションの待ち時間や飲食店の混雑具合を確認する。開場してから、そう時間が経っていないのでスムーズに進めそうだ。とはいえ休日、二つ目のアトラクションからは長い待ち時間を覚悟しなければならない。
 ジェットコースター前で歩美が無事に身長制限をクリアし、施設内へと進んでいく。元太を先頭に並び、新一と蘭は最後尾につけた。

「ここのジェットコースター、見るたびに思い出しちゃう」

 蘭がそう呟き、新一は渋面した。
 ジェットコースターを利用した殺人事件のことを、今でも鮮明に思い出せる。事件そのものが印象的だったのはもちろん、事件後に新一の身体は縮んだのだ。聖徳太子は馬小屋生まれ、江戸川コナンは遊園地生まれである。
 新一の視線は、宮野を経由しつつ宙を泳ぐ。新一の形容しがたい表情をどう受け取ったのか、蘭が苦笑いした。

「あんなに得意気に推理したくせに。そりゃ、わたしも……複雑だけど。あの後、新一とぱったり会えなくなったから」
「……悪かったよ」
「今日は、急に姿を消したりしないでよ」
「もちろん。事件があっても、報告する」
「よろしい」

 "事件の可能性を察知しても突然走り出さない"と、新一は蘭に約束している。かつて演じた大失態(コナン誕生)からの反省である。残念ながら、根っからの推理オタクは「行かない」と約束は出来なかった。蘭の譲歩に甘えたのである。
 歩美と手をつなぐ宮野からの視線を感じつつも、新一は知らぬふりをした。「そこは行かないと言いなさいよ」と無言の圧力を感じる。ただ、口に出して指摘されないあたり、宮野も新一の悪癖をよく知っている。
 居心地が悪くなって頭をかく。自覚がある分、余計にいたたまれない。

「走り出しそうなら、足引っかけてでも、投げてでも止めるから」
「おう……頼む」

 新一の手綱は、蘭が握っている。


 ジェットコースターを無事に終えて、一行はシューティングアトラクションに入った。三〇分待ったものの、繁忙期には六〇分以上待ちもザラだ。
 二つのアトラクションを終え、空腹を訴えたのは元太だった。マップを眺めてレストランを選び、移動する。遊園地ならではの食べ歩きは三時のおやつに、と蘭と和葉が破顔するので、彼女の笑顔に弱い新一は服部と上機嫌に席取りの役目を負った。

「ああ……平和な午前やった」
「なんだその顔は」
「工藤と遠出なんか、絶対なんかあるって思うやん」
「やめろ、嫌な信頼すんな」
「姉ちゃんもそんな顔しとんで、ほら」
「宮野は大体いつもあんな感じ――」

 上着のポケットで携帯が震える。表示された番号に思わず難しい顔をして、その場で応答した。
 淡々とした新一の応答に、服部の表情が段々苦くなっていくのが分かる。しかし、残念ながら、電話の内容はきな臭いものではなかった。服部の期待には応えられそうにない、新一にとっての吉報だ。

「"超やばいヤツ"の身柄拘束したってよ」
「へえ!」

 目を見開く服部の肩を叩いた。全国区剣道選手は、大げさに痛がって肩をさすった。

- 39 -

prevAim at ××.next
ALICE+