12


 楽しい毎日が夢だったのではと思うくらい、一瞬にしてわたしの生活は変わった。
 家には帰れず、知り合いにも頼れず、幼馴染の一人とははぐれ、わたしはもう一人の幼馴染と二人で逃げていた。どこに逃げているのか、何から逃げているのかも分からないまま、安全な場所を探して逃げていた。
 一緒に逃げている幼馴染は、いつも内気で控えめに笑っているような子なのに、不安で泣いてばかりのわたしをなぐさめ、守ってくれた。わたしをかばって、大人に殴られもした。動かない大人から盗った銃を持って、近づいてくるこわい大人を動かなくしてしまうこともあった。

「なんで、そんなこと、出来るの?」
 
 純粋に疑問に思って聞いてみると、幼馴染は用心深く大人が動かないことを確認しながら、困ったように言った。

「銃は、とりあえず、人差し指を動かせば使えると思って」
「使ったことあるの?」
「ないけど、ドラマで見たことある」
「腕、痛くないの?」
「……痛いことは分かるけど、なんかあんまり痛くない」
「そんなに簡単に、人に当たるもの?」
「分かんない。ただ、線が見える」
「線?」

 幼馴染は自分の目を示した後、まっすぐ前を指さした。

「あのとき、殴られた後くらいから、"頭の中"で線が見える。多分、僕を見ている人の視線なんだと思う。その線に銃を合わせて撃つと、勝手に頭に当たるんだ」
「頭の中で見るの?」
「うん」
「どうやって?」
「どうやってるんだろう。あ、この人食べ物持ってるよ」

 ブロック状の、クッキーのような食べ物を渡される。携帯食、というものらしい。
 幼馴染は頼もしかった。絵本で見る王子様より、ずっとずっと格好良かった。今まではわたしが引っ張って走っていたのに、こうなってからは、わたしは守られる側だった。幼馴染はわたしが震えて動けなくなっても、絶対にわたしを置いていかなかった。
 わたしは、守られているだけだった。幼馴染のように大人と戦うことをしなかった。こわくて出来なかったのだ。わたしは、幼馴染が生きていく足手まといにしかならなかった。
 だから、わたしは自分が撃たれてしまっても、嫌だとかこわいとか、思わなかった。わたしはこの先生きていけないから、ここでいなくなってしまったほうがいいのだと思った。

「……せに、」

 不思議と痛みは感じなかった。すうと手足の感覚が冷えるようになくなっていくだけ。
 幼馴染は、不細工に生きているわたしを見て泣いていた。足手まといでしかなかったわたしを見て、ぼろぼろ泣いていた。銃を大人に撃っても、大人に殴られても泣かなかったのに、死にかけのわたしを見て泣いていた。
 
「っせに……そく、よ」

 銃がわたしに向けられる。こわくはなかった。見知らぬこわい大人ではなく仲のいい友人に向けられる銃は、わたしを静かな世界に導くものだから。
 わたしのことはいいの。足手まといでしかなかったわたしのことは、もういいの。あなたは、自分のことを守ってあげて。この悪夢みたいな世界を生きて、生き抜いて。
 ねえ、××。約束よ。どうか、生きて幸せになって。

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