ボツった5-2


(視力のことが早々にわかるパターン)

 ガヴィは予定通り、病院から移送された。担当医以外の病院関係者や、降谷らの部下以外の警察関係者には一切情報が明かされていない。
 新一も、ガヴィの居場所を知らされていない。だが、会議に出席してくれないかと降谷から声がかかった。
 警察庁内の会議室は、降谷とその部下、見慣れたFBI捜査官たち、そして新一が集まった。
 一部、コナンと新一が同一人物であると知らない者もいるため、「江戸川コナンならばともかく、何故工藤新一が」という空気もあるが、その江戸川コナンからの推薦でありアドバイザーだったからだと押し通した。降谷と赤井が認めているという点も大きい。
 長机についた公安とFBIが向かい合う。組織への共同戦線をはる際にもよく顔を合わせた、中心メンバーだ。
 赤井、ジョディ、キャメル。
 降谷、風見、新一。
 それぞれの前に置かれた茶のペットボトルは、少しだけ汗をかいている。
 
「かなり人数を限定したのは、前回のことがあるからだ。確定白として、この七人で話を進めていく」

 何度も衝突し、協力し、視線を潜り抜けたメンバーとあって、降谷の口調は砕けていた。
 "七人"とは、ここにはいないジェイムズも含めている。ジェイムズはまだ米国なために欠席だった。

「それから、資料は一切準備していない。うちの連中とそっちとの合同会議では準備するが、コレに関しては一切何も残さない。過激なことでもなんでも好きに喋れ。資料ナシが不安なら、後でそこのニット帽にでも聞け。新一君は、」
「大丈夫ですよ」
「よろしい」

 いつも以上に降谷の容赦がないというか、用心に用心を重ねている。
 見知ったメンバーでの会議に少しばかり気が緩んでいた新一は、そっと姿勢を正した。すべてをそのまま記憶することは出来ないが、重要な情報を確実に持ち帰ることに不安はない。
 降谷が、短く風見の名を呼んだ。

「ガヴィの状態はご存知の通りです。話さず、反抗せず、従順と言えるでしょう。暫定記憶喪失ですが、本人からのアクションが無いので、それも正確ではありません。外傷はなく、身体機能にも問題なしとされていますが、一点だけ、以前の入院時とは異なる所が挙げられています。彼女は長く、網膜色素変性症であったと思われます」

 風見がつらつらと解説する。
 網膜色素変性症――その名のとおり、網膜に異常が起こる遺伝病だ。
 視力低下、夜盲、視野狭窄、羞明(しゅうめい)などを引き起こす。発症の時期や進行は個人差が大きく、失明に至る場合もあれば、緩やかな経過をたどるものもある。初期症状は夜盲と視野狭窄が多いが、視力低下から始まるパターンもある。病気の進行を遅らせることは出来るが、根本的な治療法は見つかっていない。
 新一は、一つの違和感を思い出した。以前ガヴィが入院していた時、視力の低さが引っかかっていたのだ。網膜色素変性症であるならば説明は付く。ただ、その視力で行う異様な射撃技術には納得いかないが。

「……風見さん。長くってことは、前入院してたときにはもう……?」
「はい。当時の主治医の診察には問題がなかったと確認しているので、検査結果が操作されていたのでしょう」
「ガヴィの状態は?」
「視力低下と視野狭窄は軽度ですが、夜盲は進行しています。羞明もみられていると。それを補うためか、聴覚が非常に優れているようです。それと、所持していた銃の入手ルートですが、未だ不明です。入国記録は洗っている最中ですが、監視カメラに映っていたので入国ルートは空からで間違いありません。……こちらからは、以上です」

 次いで、FBIサイドから情報が出される。

「まず俺が来日したのは、オフリドと呼んでいる小規模のギャングを追ってのことだ。俺を含め、チームで来日している。あるマフィアから独立した組織で、非常に厄介だ。ロスで動きがあったと聞いて、拠点をロスにおいていた。ちょうど怪盗キッドの犯行があった日に銃撃戦の情報が入り、待機していた俺達のチームと、怪盗キッド担当のチームの一部とで駆けつけたところ、ガヴィと遭遇している。彼女は俺を撃って牽制後に逃亡。その後の足取りはつかめていないが……オフリドが日本に飛んだと情報を得て、来日した。その後、ガヴィ確保の連絡を降谷君からもらい、ジョディたちが来日したという具合だ」
「それで、お前がモーテルで仲良くした連中はなんて?」

 新一は、突然のモーテルに赤井と降谷を交互に見る。何かの隠語かとも思ったが、ジョディらも新一と同じ反応をしているところを見ると、モーテルはモーテルらしい。
 視線に気づいた降谷が「その銃撃戦の舞台が廃業したモーテルだったらしくて」と付け足した。

「ふむ、それなんだが。オフリドでもなければ、酒樽組織にも関係のないDelinquentsだったよ。……ただ、男に依頼されたと言っていた。銃器はその男が調達し、彼らは『迷い込んだネズミに構ってやれと言われた』と。男の素性については何も把握していなかった。……ガヴィについての情報は何もない」

 オフリドとは、新一が初めて聞く名前だった。その由来や所業はともかく、ロサンゼルスで赤井が新一に話していた組織がそれなのだとすれば、"黒の組織によく似たやっかいな集団"なのだろう。
 赤井がおもむろに立ち上がり、所在なさげだったホワイトボードに一枚の写真を貼った。

「コイツは"グルーム"、サミュエル・マルティネス。オフリドの幹部だと考えている。渡日したのもおそらくこの男だ。捕捉すると、ロマンス詐欺から身がわれたからグルーム呼び」
「グルームだという根拠は」
「搭乗名簿にグルームが良く使う偽名があった。俺の持っている情報は以上だな」

 座り直した赤井が、ジョディとキャメルを見やる。
 ジョディは深く息を吐いてから、肩をすくめた。

「私達はシュウに呼ばれて急いで来ただけで、何も握っていないわ。ガヴィを捕獲出来た理由すら聞けていないんだけど?」

 ジョディが赤井を見、赤井が降谷を見、降谷の視線は新一へ向く。
 油断していた新一は、同席している面々を見回してから視線を斜め上に投げた。

「あー……俺の友人がですね。ガヴィが何者かに狙撃された所に遭遇して、成り行きで一緒に逃げたらしいんです。行く当てのなさそうなガヴィを家に招いたは良いものの、一言も発さないわ名乗らないわ素性は知れないわということで、俺にヘルプコールを。友人の家を訪ねてみたところ、まさかのガヴィだったので、俺は降谷さんにSOSを出したんです。……そういえば、狙撃の件はどうなりました?」

 不幸な友人について掘り下げられる前にと、降谷に話を振った。
 降谷が苦い顔をして、心底気の毒そうに首を横に振る。

「驚くくらいに手がかりがないんで、担当がジンジャーエールをがぶ飲みしてたな」
「自棄酒ならぬ自棄ジンジャー……」
「げっぷが傑作だった。あんなの初めて聞いたぞ」
「降谷さん、逸れています。……では、ガヴィは何者かに狙われていると?」

 風見が冷静に軌道を修正する。素早く切り替えた降谷が真面目な顔で応えた。

「ガヴィを殺したい人間など山ほどいるだろうな」
「オフリドについてはどうします?」
「日本でオフリドの捜査が進んでいない。情報も少なすぎる。……ただ、日本に来ているのに放置も出来ない。赤井の担当だというし、ついでだ。一部捜査員をそちらに割いて、捜査を開始しよう。ところで、不思議そうな顔をしているキャメル捜査官?意見があるなら遠慮なくどうぞ」
「あ、はい、では。ガヴィについてなのですが、本当に記憶喪失なのですか?」
「ふむ、確かに演技の可能性もあるが、現時点でガヴィのメリットが見当たらない」
「今ガヴィは、日本の警察内部に食い込んでいる状態では?」
「その分、外に出られないぞ。俺たちも二の舞は演じない」
「俺も、ガヴィについていいですか?」

 新一は控えめに挙手をして、降谷を見やる。どうぞ、と促されると、赤井に問いかけた。

「赤井さんがガヴィと遭遇した時は、おかしな様子とかなかったんですか?」
「一瞬だったが、特に違和感は感じなかったな。一発で俺を仕留めなかった点についてはヤツらしくないが、跳弾の可能性を危惧して発砲を躊躇ったのならば辻褄はあう」
「じゃあその後、日本に来るまでの間に何かがあったということになりますね……」
「……それも、彼女らしくないわよね」

 腕を組んで黙り込んでいたジョディが、長い指先をふわりと動かしながら言う。
 
「シュウを仕留めそこなった理由は納得できるけれど、ガヴィなら、跳弾すら味方に付けそうなものじゃない?もしくは、跳弾で自分が傷つくことを厭わずにシュウを殺すわよ。そういう奴でしょう」
「そんなに俺に死んでほしかったのか……降谷君、慰めてくれ」
「いやだ」
「ちょっと、こっちは真面目に話してるの!私は、シュウを撃てなかった理由があるんじゃないかと思ったのよ。跳弾を危惧したというよりも、シュウを知り合いと見間違えただとか、現時点でシュウを殺せない理由があったとか」
「……それで、今のガヴィの状態にどうつながると?」
「それは、分からないけど……。その銃撃戦の時から、ガヴィは異常をきたしていたんじゃないかしら……シュウを殺せなくなるほどに」
「……ガヴィは、追手と何らかの因縁がある?」

 新一も頷いて同意した。
 ガヴィは闇の社会を暗躍するプロであり、逆恨みや復讐なども付きまとっているだろう。ガヴィを腑抜けにするほどの因縁となると、ただ縄張り争いや仕事上のいざこざではなさそうだ。
 新一は顎に手を当てて、ふとそのまま首を傾げた。

「あ、待ってください。銃撃戦の時からってなると、ガヴィを狙う何者かが、犯罪グループを差し向けたってことですよね。……ガヴィを狙っている者が、オフリド関係である可能性は?」
「タイミング的には合うが、今のところは何とも言えんな。銃の入手経路は捜査中だから、そこが明らかになれば、件のマフィア経由かどうかの判断が出来るだろう」
「ガヴィは何らかの理由でマフィアを敵に回している可能性も捨てきれない、と……」
「……よし、午後からの会議がスムーズに進められそうになったところで――――本題だ」

 降谷が、ぱすりと両手を合わせる。今までのやり取りはなんだったのかと問いたくなる台詞だが、その顔はいたって真剣で、冗談の類ではないことを物語っている。
 新一は、降谷の冷たい目につばを飲み込んだ。張り詰めた緊張感に、コナンが経験した光景が脳裏をよぎる――組織壊滅作戦会議で揉めたとき、沖矢こと赤井を問い詰める灰原、ガヴィの脱走直後、降谷と赤井がガチの殴り合いを始める寸前。
 新一は頭の片隅で、目の前にある茶が熱々のコーヒーでないことに安堵していた。

「ガヴィに対する方針を固めたい」

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