ボツった6-5


(風見が出てくるパターンもあった。ここでも早くに情報開示されてる)

 夜が明け、ガヴィは早朝から取調室に詰め込まれた。
 昨日、長い間使っていなかった喉を無理やり働かせて取り調べに応じていたので、喉の筋肉が披露していた。今日もまた、声帯のリハビリである。
 取り調べは赤井か降谷が対応するだろうと思っていたが、入って来たのはそのどちらでもない男だった。

「知っているよ、風見だろう。上司はどうした?」
「今日は俺が相手をする」

 整った身なりと飾り気のない眼鏡、硬い口調。絵に描いたような生真面目な男だ。ガヴィの対応に部下を出すことで、煽ろうとしているのだろう。インカムを付けているのが見て分かるので、逐一指示を聞いているに違いない。
 一晩明けて、ガヴィが冷静を取り戻していると判断したのだ。簡単にはいかないと。
 ガヴィも、昨日の失態はしっかり覚えている。だが、彼らがその情報では何も出来ないとも分かっているので、十分な余裕を変わらず持っていた。

「取り引きについては、残念ながら成立しないだろう。しかし、お前にその気があるのならと、チャンスを与えることになった」
「へえ」
「質問は二つ。知っていることは全て話してもらう。それが出来れば、我々も取り引きを前向きに検討する」
「僕の独断で話して良いことなら、きっちり話そう」

 生真面目な風見が――もしくはインカムの相手が――やや不満そうに眉を動かした。
 取り引きを提示したのはガヴィであるとはいえ、一から十まで話せるわけがない。優秀な犯罪者の情報網は、そう簡単に開示できないのだ。手綱を与えることと、全てさらけ出すこととは違う。

「……まず、狙撃の件。相手の素性や目的、日本での潜伏先は」
「僕をデータベースと勘違いしてない?もう一つは何」
「先に答えろ」
 
 ガヴィは腕を組んで視線を落とす。
 狙撃されたこと自体は、昨日、赤井が言っていた。ガヴィ自身は身に覚えがないのだが、狙撃を避けて逃亡したというし、嘘ではないのだろう。己の身体能力の高さも自覚している。同程度か己以上の人間は少ない。
 職業柄、命を狙われることは珍しくない。心当たりはごまんとある。狙撃のタイミングから相手を推測すると、ロサンゼルスの銃撃戦を手引きした者の可能性が高いと思われた。狙撃手の素性はともかく、黒幕は同一という訳だ。
 ガヴィは風見のインカムを指さした。

「ロスのモーテルで起きた銃撃戦を手引きしたヤツだと思う。スナイパーについては知らん。ライもいただろうから、確認してみて」
「赤井捜査官と、リネン室で遭遇した?」
「そう。あの場にいた奴らはただのギャングだろうけど、手引きした奴がいる」
「……。あるアメリカンマフィアから武器を提供されていたことが分かっている。お前はマフィアに喧嘩を売りでもしたのか?」

 ギャングを利用したのがアメリカンマフィアとは、想定内だが意外ではあった。ガヴィは組織壊滅後も、変わらず欧州を拠点にしている。イタリアンマフィアやロシアンマフィアと関わることはあっても、アメリカンマフィアとの接触は少ない。
 モーテルで電話を鳴らしたドイツ語の男も、アメリカンマフィアの所属ということになる。個人で武器商人と取引するよりも、マフィアから秘密裏に武器を流す方が難しい。正式にマフィアの一員なのだろう。
 あの男はマフィアの力を借りて、はるばる日本までガヴィを追いかけているのだ。
 ガヴィは一度の瞬きでそこまで判断し、肩をすくめた。

「僕は存在も顔も知られているからなんとも言えない。どこの一族だ?」
「どのファミリーというより……そこから独立して動いているチームだ。資金や武器の調達、情報収集を主に行っている。名乗ってはいないので、FBIはオフリドと呼んでいる」
「五大ファミリーならともかく……それなら、ベルモットの方が詳しいだろう」
「独立して動いているのは最近だ。……お前のテリトリーはヨーロッパだから知らないと?」
「残念ながら」
「なら、何故ロサンゼルスに?」
「ここ一年ほど、執念深いストーカーがいてな。厄介な予感がしたから、アメリカを拠点にしているようだと突き止めて、数か月前に渡米した。どうやら、オフリドが僕の熱狂的なファンらしい」
「……そうか。では、この写真を見ろ。オフリドで唯一判明しているメンバーだ」

 風見が、拡大コピーした写真をテーブルに置いた。どこぞの店先の監視カメラ映像だ。
 日に焼けた白人男性が、煙草を吸っている。ヘーゼルの目とブラウンの短髪。体格も良く、鍛えているのが分かる。
 ガヴィは手錠で拘束されたまま、A4用紙を持ち上げた。

「標的名はグルーム。よく使用する偽名はサミュエル・マルティネス。見覚えはあるか?」
「……次の質問は?」
「は?」
「狙撃の話はここまでだ。次の質問は?」

 写真をテーブルに置いて、風見ににっこり笑いかける。睨み合いになったが、折れたのは風見だった。インカムの向こうでは、彼の上司が舌打ちでもしているに違いない。
 風見が、またしても拡大コピーした写真を取り出す。
 次は女性の写真だった。十代後半から二十代前半といったところだろう。ベンチに座り、うつむきがちでアイスを食べている。真正面から撮影されたものではないが、楽しそうな雰囲気は伝わる。
 画質が良く、撮影角度からも、監視カメラによるものではないと分かる。  

「人探しの依頼で、とある探偵事務所に持ち込まれた写真だ。誰だか分かるか」
「宮野明美だな。ライの彼女の」
「依頼があったのはおよそ一月前。依頼は完遂されないまま、依頼人が撤回している。組織の人間を、しかも故人を、今になって探してる人間がいるんだ。こちらとしては見過ごせない。……情報が漏れたり、組織の残党が動いている可能性は?」
「……クライアントの情報は?どうせバーボンがきっちり押さえてるだろう」
「オリヴァー・トムソン、三五歳のアメリカ人。職業は美術商。宮野明美とは、五年前に日本で出会い、駆け落ちでアメリカへ飛んだ。住所はサンディエゴ」

 そこまですらすらと続けた風見が、「だが」と重々しく言った。

「改めてFBIが調べた結果、ほとんど偽りであることが判明した。伝えられていた住所には一軒家があり、確かに、トムソン夫妻が住んでいるんだ。しかも妻は日本人。"本物の"オリヴァー・トムソンも美術商で家を空けがち、妻は里帰り中で山梨県にいる」
「カバーだったわけか。偽物は?」
「足取りがつかめない。連絡の取りようもないからな。依頼料が支払われた口座からも辿れなかった」
「一つ確認したい」
「質問しているのはこちらだが?」
「この依頼が持ち込まれたのは、毛利探偵事務所だな?」

 風見が眉をひそめる。明確な返答はなかったが、それで十分な肯定だった。
 ガヴィは二枚の写真を並べ、頬杖をつく。嫌な予感がするとは思っていたが、いっそ清々しいほどに、"自分が狙われている"。

「このクライアントの写真も、ちゃんと確保しているんだろう。出してくれ」

 三枚目の写真は、顔色の悪そうな痩身の白人男性がうつっていた。スーツのサイズが大きく見えるのは、男性が痩せたためだろう。愛する妻を探しているのに相応しい、悲壮感が漂っている。
 ガヴィは、心の中で悪態をついた。

「宮野明美は関係ないから、安心していいよ」
「……何を知っている?」
「あと、組織も関係がない」
「ならばなぜ、宮野明美が探されている?」
「なんでだろうね?」
「はあ?そもそもこの質問が、貴様にとってのチャンスだと、」
「あなたたちにとってのチャンスでもあるんだ」

 ガヴィはインカムの相手に向けて、口角を上げた。
 降谷や赤井が取り引きに乗れば、今後の行動は制限されるが危険を冒さなくても済む。乗らなければ、危険はあるが脱走する手はずを整えるだけ。
 ガヴィにとっては、話がどちらに転んでも構わないのだ。

「ゆっくり、話し合うと良い」



 ガヴィは窓のない独房にて、黙々と腕立て伏せの回数を重ねていた。本来ならば立つことすら禁止されているが、暇な時間、体力を戻すことに使っている。
 ガヴィは国際指名手配中の凶悪犯であり、厳重に監視されている。独房も特別仕様だ。窓がなく、カメラで二十四時間監視され、室内でも行動を制限されている。娯楽の類はもちろんなく、看守とは話どころか目を合わせることも出来ない。
 そんな中で堂々とトレーニングをしているのは、誰もガヴィを止められないからだ。
 ペナルティを課そうにも、ガヴィを独房から出すわけにはいかない。刑期延長を持ち出そうにも、そもそも死刑確定の身なので、ガヴィを脅す材料にはならない。
ガヴィは腕立て伏せの体勢から、ひょいと床を蹴った。看守からの視線を感じたが、そのまま倒立腕立てに入る。 
 完全に想定していないタイミングで拘束されたため、手はずを全く整えられていない。以前、正面から喧嘩を売りに行った際には、あらゆる所に手を回していたので行動を起こし易かったのだが、今回はそうもいかないのだ。
 拠点は欧州だが、組織がよく出入りしていたこの日本やアメリカにも、ガヴィの手は伸びている。組織が壊滅しても、個人的に築いた関係は保っている。準備さえ整えられていれば、脱出できる自信があった。
 出来ることはしているが、こうもガチガチに監視されては、思うようにはいかない。トレーニングくらいしかすることがない。
 ただ、策が全く機能していないかと言えば、そうでもない。ガヴィは逆さまの視界で部屋を眺めながら目を細める。
 午後からも取り調べがあるだろうかとぼんやり考えていると、看守から声をかけられた。

「面会だ、出ろ」
 
 ガヴィは倒立を止めて、スウェットで汗をぬぐった。シャワーも許されていないので、トレーニングもほどほどにしたいところだ。体力は戻したいし暇なのは事実だが、汗臭くなるのは不快だ。
 ガヴィは、鍵が開けられる音を聞きながら、看守の動きを観察する。
 取り調べではなく面会だと彼は言った。通常の被疑者はともかく、ガヴィは面会を認められていない。面会を希望する者がいるとも思えない。国選弁護人が決定したのだろうか。

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