Kid


 仕事熱心な警察とフットワークの軽すぎる小さな名探偵をかわし、ビックジュエルを盗み出した後。ハンググライダーでの逃走中、どこからか狙撃され、ビルの屋上に降りざるを得なくなった。
 ビッグジュエルを盗んだ後、どことも知れぬ組織の者に襲われることは何度かあった。平和な日本には似合わない銃をキッドに向け、その命を狙うのだ。
 ビルに降り立ったキッドの前に、三人の男が現れる。銃口を向けて宝石を要求する三人に、ポーカーフェイスで対応しながら、必死に打開策を探していた。先ほどの狙撃で、ハンググライダーがまともに使えなくなっているのだ。
 どうする、どうする。一か八かでハンググライダーを広げるしか、ここから逃げるすべはない。そう判断し、行動に移そうとした途端のことだ。
 パパパパン。
 聞き間違えようがない、銃声が四発。一発目から三発目までで、キッドと対峙していた男の頭がはじけ飛ぶ。暗いので細部まで確認できた訳ではないが、頭部に命中した銃弾によって、男らは即死したのである。ただ脳に銃弾を受けただけならば助かる余地はあるが、そう思わせないくらいの損傷具合と、正確な銃撃だった。
 そして、四発目の弾は、キッドのモノクルを破壊するにとどまった。
 思いもよらない敵の死に、キッドは動揺した。決して人を傷つけない怪盗は、死を見慣れていない、ということもあった。
 頭の冷静な部分は、一刻も早くこの場から離れるべきだと叫んでいるのだが、姿の見えない脅威に怯えるのはごめんだった。

「……どなたか、いらっしゃるようですね」

 暗闇に呼びかけると、華奢な人影が月光を受ける。黒い服を着た女は、スカートをまくり上げて銃をホルターに仕舞っていた。鋭利な空気もなく、とんでもない早撃ちとコントロールを披露した人物だとは思えない。
 キッドは、先ほど銃口を向けられた以上の冷や汗をかいた。殺気なく人を三人も殺した人間相手に、どう対峙すればいいというのだろう。
 しかし、やらねばならない。

「なぜ、この三人を殺したのですか」
「僕は今、虫の居所が悪いんだ。ちゃっちい脅しは酒の肴にもならない」
「……」
「お優しい怪盗さんには理解しがたいだろうさ」
「ならば、なぜ、私を殺さなかったのです?」
「僕、白色が一番好きなんだ」

 ……もしも怪盗キッドの一張羅が、ごく普通の燕尾服だったら、俺ここで死んでたのか。
 とりあえず機嫌を損ねなければ、存外話は通じそうである。人殺し、と罵ってやりたいところだが、瞬殺されるのは想像に難くない。
 キッドは己のポーカーフェイスを全力で動員した。

「姫のお気に召したようですね。しかし、こんな夜更けに一人歩きとは感心しません。悪い男に誑かされてしまいますよ」
「へえ。誑かしてくれるの?」
「ふ、貴女は棘が多そうですから。私には、少々荷が重い」

 どうかこれで、と指を鳴らすと、彼女の胸ポケットに白いバラが咲く。彼女は突然咲いた花に目を瞬くと、一気に雰囲気を変えた。幸いにも、良い方向に、である。
 ぱあ、と顔を輝かせてキッドを見つめる。すごいすごい、今のはなに?と見開いた目が雄弁に語っていた。
 己のマジックに驚いたり喜んでくれるのは、手品師冥利につきる。それが殺人犯だということが非常に複雑だ。

「私からのプレゼントです、受け取ってください。では、本日のショーはこれにて閉幕といたしましょう」

 言いながら、どこからともなく飛んできた白い鳩が、キッドを止まり木にする。白い鳩が全身を覆うと、フィンガースナップで一斉に飛び立ち、キッドの姿も消えていた。

 無事に隠れ家へ戻ったキッドだが、死体がフラッシュバックするせいで体調は最悪だった。
 それからというもの、いつも以上にニュースを熱心に追ったが、あのビルから遺体が発見されたような報道は終ぞ見られなかった。


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