VS2


 ガヴィとの対決時、<他の人の護衛のために一部の人間が不在だった>のは嘘ではない。しかし、バーボンやキールが不在だったのは、彼ら自身が動ける状態ではなかったからである。
 大規模作戦時も組織へ潜入する立場にあった二人は、率先して最前線に立った。内部を知っている者として当然の行動だったが、掴んでいた情報は所々フェイクがあり、二人はひどい怪我を負う羽目になった。なんとか一命を取り留め、意識は取り戻したが、復帰にはまだしばらくかかる。
 体は動かせないが頭は働くし耳も聞こえる、と仕事中毒者は言う。公安警察で正真正銘バーボン――降谷零の部下は、猪突猛進の気がある上司がベッドを飛び出す前に、と得た情報を共有していた。絶対安静と言われても、大人しくしていてくれる保障はないのである。
 <安室透>の病室には、降谷の部下が風見の他二名と、コナンがいた。小学一年生の前でする話ではないが、江戸川コナンが共同作戦のブレインであることは衆知なため、つまみ出そうとする者はいない。
 風見が事後処理についての報告を済ませる。大規模作戦や対ガヴィ戦の被害が凄まじい。

「――で、彼女ですが、今朝目を覚ましたと医師から報告がありました」
「状態は?」
「絶対安静はもちろんですが、本人はピンピンしているようです。手術痕が今回のもの以外にも複数みられたそうなので、珍しくはないのかもしれません。……手錠での拘束と、監視は常に二人つけています。筋力自体は一般人と変わりないようなので、手錠をへし曲げるマネは出来ませんね。針金類には十分注意しています」

 ここは日本だが、ガヴィの身柄は正確にはFBI預かりになっている。にも拘わらず公安が張り付いているのは、FBIが表立って動けないことと、協力機関の筆頭が公安とFBIだからだ。それぞれの組織の切り札が手を取ったことで、他の協力機関よりも太いパイプでつながっている。

「何か言ってた?」

 対ガヴィ戦で言葉を交わしたコナンが問うと、風見は少しだけ渋い顔をした。コナンに対してではなく、ガヴィへの嫌悪感がうなぎ登りなために口に出すのもある程度の心構えが必要なのだった。

「現状把握に関することがほとんどですが、ライ……赤井秀一と別の病院であることに対しては、非常に落胆していたと」
「なぜ」
「『ライは絶対入院着似合わないから、指さして笑いたかった』……そうです」
「元気そうだな……」

 降谷含む日本の警察関係者やコナンら協力者は、警察病院に入院している。キールやライを含むCIAやFBIのエージェントたちは、近隣の総合病院に入院していた。自国での療養を選んだ協力組織もある。
 対ガヴィ戦後にコナンが病院に戻ったように、決して万全でなかったライもまた、入院生活に戻っているのだ。

「あと、気になることがいくつか」




 コナンは<黒崎瞳>というプレートのかかった病室をノックした。話は既に通してあったので、中にいたスーツの男がコナンを招き入れてくれる。コナンはベッドからやや離れた位置にある椅子をすすめられ、大人しく腰掛けた。
 病室には、スーツの男が二人とベッドの主である女がおり――ここはガヴィの病室だった。黒崎瞳は入院のために作られた偽名であり、決して本名ではない。
 ガヴィが目を覚まして数日が経っている。基本的に組織のことに関して黙秘を貫くガヴィに、公安側から、コナンへの協力がほのめかされたのだ。コナンとしては願ったり叶ったりである。危険だ、許可できない、と降谷が譲らなかったので、コナンは彼に無断でこの病室を訪れていた。
 ベッドのリクライニング機能で体を起こしているガヴィは、点滴につながれ、確かに手錠で拘束されていた。

「案外元気そうだな」
「丁寧すぎる処置のお陰で」

 少しやせたように見え、顔色も悪い。しかし目を開き、コナンを認識し、言葉もはっきりしている。あの場所で出会ったときは照明が設置されていたとはいえ、夜だった。やや白い顔色がデフォルトである可能性もある。
 対峙した時と比べれば、ガヴィの声には力がこもっていないように感じられた。張り詰めたような緊張感もない。だが、俗人とは到底思えない独特な空気をまとっていた。

「監視(彼ら)にも言ったんだけど、己の仲間を大勢殺した人間の治療を見守るというのは、中々酔狂だな」
「死んでいい人間なんていないんだ。たとえ、あんたのような人でもな」
「……ふーふん」

 強く見据えながら言った言葉に、ガヴィは憐れむような、嘲るような笑みを浮かべた。完全に、コナンを馬鹿にしている。何か明確な言葉にするつもりはないようだったが、コナンの煽り耐性はそう高くない。相手が組織の人間ならば尚更だった。
 気づけば、その問いかけを口に出していた。

「あなたは、どういう気持ちで人を殺してるの?」
「……きみは、僕のような存在が殺人に対して一々感傷的になると思うのか」
「いくつもの命を奪って、沢山の悲しみを生んでいることを自覚していながら、罪悪感も後悔も、抱いたことはないっていうのか」
「罪の意識っていうのは、<自分が罪を犯したという自覚がある>ことが前提だろ」
「っ人を、人の命を奪ったという認識すら、しないと……?」
「邪魔なものがある、撃つ、障害を排除する。これだけ」

 目の前の人物の言葉が理解できない。裏側を生きる者というのは、ここまでゆがんだ存在なのだろうか。組織の人間と言葉を交わしたこともあるが、人を殺すことについて正面から問いかけたのは、初めてな気がした。組織の構成員でコナンによく関わりのある者と言えば、ベルモットとバーボンとキールくらいで、構成員とはいえ協力者でありスパイ。彼らがいかに常識的であるかを実感する。
 コナンとて数多くの殺人事件にかかわってきたが、そこには動機があり、背景があり、それぞれの思惑があった。あまりにも無感情な殺人に、コナンは恐怖した。
  
「っ……なら、仲間が殺されても、何も思わないのか?」
「そういう世界だ」
「……キュラソーのことは?」
「ジンが逃がしていたなら、僕が殺しに行っただろう。……理解しがたいという顔だね」
「キュラソーの死を無駄にしたくないと言いながら、生きていることは許さないなんて、とんだ矛盾だ。あんたでも、特別な仲間には生きていてほしいと思うんじゃねえのか?」
「特別……惜しい、とは思うかな。でもそれとこれとは別だよ。裏切り者は殺しに行くさ、キュラソーでも」
「……なんで、そんな」
「こういうのは、その世界にしか通じない。あなたやそこの彼らは、僕が心底憎いだろう?仲間を大勢殺されたんだから。これはあなたたちのようにまっとうに生きてきた人間にとっては当然の感情だ」
「あなたは、それを愚かだと笑うんだ」
「理解も納得もしてやるが、心底滑稽だと思う」

 ガヴィは手錠をかけられたままの手で、人差し指を中指をそろえる。拳銃のジェスチャーを作って、その銃口をコナンに向けた。ぴたり、とコナンの鼻先に向けて制止する。
 それはモデルガンどころかだたの手なのに、コナンの背中を冷たいものが走った。
 しかし、その拳銃が決して人の命を奪えないことを知っている。あの時、コナンに向けられていた銃は弾切れだったのだから。

「人の命は、軽いよ」

 BANG、と間の抜けた銃声のあと、コナンは気丈に笑って見せた。




 コナンはベッドの上で胡坐をかき、分厚い洋書から視線を上げないまま、日替わりで訪れる警察官の取り調べをのらりくらりとかわしていた。
 組織との闘いに関して、コナンら――怪盗や相棒や探偵たち――は、その情報を口にすることはない。日本の組織で協力関係にあるのは公安警察のみなのだ。良く知った警察官相手であっても、自分達の目的を話すつもりは微塵もなかった。
 本日の取り調べは、良く知った男性刑事。彼のこと自体は好ましく思っているが、この件に関しては、コナンは非協力的だ。洋書をパラパラめくりながら、嘘の苦手な彼と世間話をしていた。
 しばらくすると、他の者に取り調べをしていた刑事がコナンの部屋へやってくる。口をつぐむ者が皆、コナンに聞け、というものだから、自然とコナンの病室には人が集まりやすくなっていた。
 ちなみに、降谷をはじめとする公安警察の入院は伏せられているため、彼らが降谷らに事情聴取を行うことはない。

「コナン君、あんまりずっと本を読んでいると、目を悪くするよ。そろそろ休憩したらどうだい」
「……はあい」

 一度読んでいる本なので、少々名残惜しいがしおりを挟んで閉じる。
 刑事らももう引き上げるようだった。コナンの病室で集合しているだけで、駄弁りに来ている訳ではない。成果のない取り調べを終え、重傷者(コナン)の様子を見て、住処へもどっていくのである。
 刑事たちが腰を上げた時、テストのため下校時間がはやかった蘭と園子、車を出したらしい小五郎が見舞いにやってきた。そのまま少々世間話となる。
 ベッドサイドに蘭が腰かけ、他愛ない言葉を交わす。コナンには話せないことが多すぎて、入院してからというもの、少々のぎこちなさがあった。
 
「コナン君、明日は大きな本屋さんに寄ってから来るつもりなの。欲しい本はある?」
「!ちょうどね、好きな作家さんの本が――」

 ――カラカラカラ。
 病室のドアが、ノックも挨拶もなく開かれる。「な、誰だ?」「病室を間違えて?」侵入者に、刑事たちが口々に言う。刑事らは何も明かされていないが、コナンが何かの事件に巻き込まれた被害者であることは歴然で、見知らぬ人物の面会は歓迎できたものではない。退室を促すが、侵入者のあまりに堂々とした態度に、強く出られないでいた。
 コナンは侵入者に視線を固定して、蘭を呼ぶ。

「ボクから、離れて。おっちゃんの近くに」

 侵入者が、ベッドの前に立つ。

「え?コナンく――」
「お願いだから、ボクから離れて。蘭姉ちゃん」

 子供とは思えない低い、緊張感をにじませた声に、蘭は侵入者とコナンを交互に見た。腰を上げない蘭に、コナンは思わず声を荒げようとするが、彼女が自分の意志で動かないことを悟ると、ぐっと口を閉じた。
 コナンの反応と侵入者の独特の空気に、刑事も訳が分からないながらに気を引き締める。黒い装いの侵入者は数多の視線を受けながら、それを意に介していない。

「僕の確保は、諦めろ」

 黒衣の女――ガヴィは、コナンを見据えてそう言った。コナンは入院着に仕込んでいた麻酔銃を取り出そうとしていたが、それ以上動くことを止める。

「……腹と足に穴が開いてるのに、逃げ切れると?」
「ここは<明るい>。僕が躊躇う理由がない」
「っ……お前、」

 黒いブラウスに黒いスカート。コートはないが、両の太ももにホルスターを装備していると考えられた。一体どこで、どうやって調達したというのか。
 確かに、黒の組織の構成員で治療が必要なため入院している者もいる。しかし、複数の病院に分散されている上――外国の組織が確保し、その国に連行されているケースもある――ガヴィに知らせている訳もない。協力者との接触にはこれ以上ないくらいの警戒をしていたはずなのだが。
 コナンの反応から、周囲の人々もガヴィが敵であると認識したらしい。刑事は今にも銃を向けかねない勢いだし、蘭も目の前の小柄な女を確保すべく動きだしそうだった。
 コナンは先に、そんな彼らにくぎを刺した。

「皆、お願いだから、動かないでね」
「彼女は誰なんだね?随分と――物騒な空気だが」
「それは知る必要のないことだよ」

 突き放すコナンに、ガヴィは少しだけ口角を上げていた。
 
「大切なものが多いと、大変だな」
「わざわざボクに、退院の挨拶しに来たの?」
「そうだよ。小さな名探偵に、気まぐれな人殺しからの忠告」

 刹那、今度は本物の銃口がコナンに向けられていた。
 一斉に臨戦態勢に入るが、既に人質を取られている状況では下手に動けない。コナンも抵抗しようとはせず、冷や汗を流しながらガンスリンガーを睨んだ。

「組織(僕ら)は、もう終わりだろう。これ以上の報復は無意味だと、僕も言っているからね」
「……」
「けれど、ちゃんと知っておいたほうがいい。次は別の者たちが、僕らの立ち位置に収まるさ。それがきみの敵になるかは分からんが、きみは、すぐに首を突っ込みたがる。きみ自身が気づかない内に、弾が頭を割るだろう。……本気で、明るい世界でまともに生きていきたいなら、いい加減手を引くことだ」
「……心配してくれてんのかよ」
「おめでたい頭だなきみは。覚悟しておけと言っているんだ――もう、まともには死ねんだろうよ」
 
 コナンは、死を恐れずして組織に敵対している訳ではない。胸にあるのは生き抜くという誓いだ。どれだけけがを負っても必ず生きて帰るという覚悟を抱いて、ただ前を見ている。
 しかし、命を落とすことは、少なからず想定している。それを改めて突き付けられ――よりによって、帰る場所と定めた大切な人の前で突き付けられ、言いようのない虚無感が広がる。
 関わりを絶ったのは自分で、明かさないことを決めたのも自分自身であるのに、随分遠くまで来てしまったものだ。それでも、守るため、自分が帰るためには、突き放すしかない。
 それがどうしたと言わんばかりに睨みつける。多弁なはずの口は閉じ、それが何より敗北を示しているようで屈辱的だった。

「……勝手なこと、言わないでよ」

 コナンにとって、誰よりも関わってほしくない特別な少女が、よりによってかみついた。

「コナン君は、いつも怪我をして、それを隠して、沢山の人を守ってくれているの。こんなに強くて優しい子が、『まともには死ねない』って、そんなのあるわけないわ。沢山の人に幸福をくれるんだもの、誰よりも、幸せになってもらわなきゃ。何より私が、コナン君をそんな目に遭わせたりしない」
「っ蘭姉ちゃん……」
「確かに、何も知らないけど……!それが私達のためだって分かるもの。――あなたみたいに、平気で人に銃を向ける人と一緒にしないで!」

 ガヴィの視線が蘭に向く。まずい、とコナンは麻酔銃を握るが、予想に反して銃声が響くことはなかった。代わりに、ガヴィが張り付けたような笑みを浮かべる。
 ガラス玉よりも感情の読めない目だ。優し気に細められても、いっそ不気味なだけ。
 ガヴィが「お嬢さん」と呼びかけると、険しい顔の蘭がさらに体を強張らせる。

「そこそこ機嫌がいいから、あなたにも、忠告しててあげる」
「っ何よ」
「心温まる言葉はね、人間にしか通用しない。僕みたいな人には、ただの音でしかない。息をひそめて存在を消しておくのが正解だよ。だろ?バーボン」

 死角になる位置で銃を握っていた降谷が、降参というように病室へ入ってくる。コナンと同じ入院着に包帯といういで立ちで、彼の入院を知らない面々は二重の意味で驚いていた。
 ……絶対安静なのに点滴引っこ抜いて無理やり歩いてるな。コナンは自分のことは棚に上げて、苦い表情で歯を噛みしめる。降谷はリハビリの最中で、まだ激しい運動はもちろんできないし、走ることも禁止されている。包帯やギプスは当初より軽くなっているが、頭の包帯も片目を覆うガーゼもとれないままだ。
ガヴィの監視を行っている公安の者から情報が上がり、居てもたってもいられなくなったのだろう。
  公安(降谷)が来たことには驚かないが、易々と気づかれるとは。コナン自身も仲間にヘルプコールを送っているが、この調子ではすぐに見つかるのがオチだ。下手をして撃ち殺されるくらいなら、大人しくしている方が無難である。

「あ、安室さん!」
「なんでお前が!?」
「どうして君が、ここに?入院していたのか?」
「……ええ、まあ。少々無茶をしましてね」

 いつも愛想よく振る舞っている彼の冷淡な態度に、蘭や小五郎を筆頭に困惑を浮かべる。その困惑も、彼の握る拳銃を見た途端に凍り付いた。
 降谷は立ち止まると、ガヴィに向けて銃を構える。ガヴィは肩をすくめただけだ。保険ですよ、と呟く降谷の声音に、過度の緊張は含まれていない。コナンは組織に潜入していた彼の、黒の組織構成員らしさに流石だなと唾をのんだ。
 公安警察でも、私立探偵でもない。今の彼は、バーボンである降谷に見えた。

「随分とよく話されてたようですけど。退院には、まだ早いのでは?」
「僕は喋る方だよ。きみこそ、大人しくしてなさい」
「あなたが病室に戻ってくれるなら、休めるんですけどね」
「僕に割く人と時間は無駄だよ」

 ガヴィはコナンから銃口を逸らす。降谷は銃を下ろさないが、ガヴィが気にした様子はない。撃たれたところで避ける自信があるのだろう。
 ガヴィは銃身を握ると、あろうことかコナンに差し出した。そのまま数秒、コナンはゆっくりとそれを受け取った。

「僕はしばらく潜る」
「……」
「バーボンも、大人しくしてることだ。ほとぼりが冷めるまではね」
「ご忠告どうも」
 
 ガヴィが手ぶらになったことろで、降谷は銃を下ろす。警察に囲まれた状況で一見呑気なガヴィに、降谷は鋭い視線を向けていた。
 コナンは銃を握ったまま、降谷と同じようにガヴィを睨んでいた。見逃すしかないこの状況に苛立つ。数多の犠牲を出して捕らえた重罪人を、コナンは見くびっていたらしい。

「……じゃ、僕はこれで、」
「――ねえ。機嫌がいいついでに、もう一つ教えてよ」

 丁度、降谷と並ぶような位置に立ったガヴィが足を止める。長身の部類に入る降谷と並ぶと、ガヴィの小柄さがよく分かる。
 雰囲気や実力で大きく見えがちだが、彼女は予想よりもはるかに小さいのだ。一般女性よりも鍛えているのはよく分かるが、男性には劣る。
 コナンのそんな感想を察したのか、ガヴィは来客用の椅子を足で器用に引き寄せると、降谷の膝裏に押し当てて問答無用で座らせた。低くなった降谷の肩を肘置きにして、ぷらぷらと右足の感触を確かめている。やはり――当然ながら、万全ではないのだろう。
 降谷は不服そうだが、案外大人しくしている。ガヴィに対して敬語だったことといい、バーボンに近い状態だからだろうか。
 ガヴィは、しかし、これ以上無駄話をする気はないようだった。浮かせていた右足で数度リノリウムの床を叩き、バーボンから手を離す。

「これ以上は貸しにする。返せなくなるならやめろ」
「……」

 コナンは銃を握って押し黙った。ガヴィの言うとおり、コナンには、彼女に対してすでに大きすぎる借りがある。返せるか分からないほどの借りが。
 ガヴィはかすかに口角を上げて、静まり返った病室を出て行った。
 扉が閉まった直後、降谷が壁を殴った音で、物騒極まりない緊張感は霧散した。
 コナンは彼女らに問い詰められる前に、殺気立つ降谷に問いかけた。飢えた猛獣のような気配が、小さい瓶に押し込められていく。流石潜入捜査官というべきコントロールである。

「追うの?」
「……いや、悔しいけど、被害が拡大するだけだ」

 ふー、と深く息を吐いて、降谷がベッドへ歩み寄ってくる。蘭と反対側に立つと、コナンの手にある拳銃をひょいと奪った。

「あっ」
「彼女の愛銃、という話は聞いたことがないけど……」
「ボクがもらったのに」
「分かってる、返すよ。でも……あまりコナン君には持っていてほしくないなあ」

 ベッドに腰掛けた降谷が、慣れた様子で弾倉を抜く。入っていたのは、弾が一発だけだった。
 コナンはそれをつまみ上げ、鋭いまなざしで観察する。いつかの銀の弾丸ではない、これは本物の弾薬だ。銃の意味について思考に没頭しかけるが、空撃ちの音に現実に引き戻され――ギャラリーの小さな悲鳴の原因を見て、半目になった。

「はい、これで大丈夫」
「ねえ、空撃ちは安全な場所に向けてするものじゃないの?なんでわざわざ自分の頭に」
「ジョークじゃないか」
「さっきの今でやめてくれる?」
「はっはっは」
「もう……早く病室もどりなよ……ボクより重傷のくせに」

 病室を抜け出した上司に異を痛める風見らが容易に想像できる。素直に立ち上がってくれた降谷に安堵するが、会話が切れたのを見計らってギャラリーから声が上がった。降谷に事情を問うものに、降谷自身は笑って誤魔化し、コナンは子供らしく頬を膨らませた。あざとすぎる様子に、降谷がふき出す。

「安室さんは怪我人なんだから、引き留めちゃダメ」
「でも、」
「僕、これは探偵としての仕事の一環でして。さっきのもモデルガンですし。依頼に関しては、探偵としての守秘義務がありますからね。諦めてください」

 いけしゃあしゃあと安室透の探偵設定を押す降谷に、コナンは内心苦笑した。
 
- 15 -

prevAim at ××.next
ALICE+