14 : 信倚





蔓があたしに絡まって、しっかりと身体を締め上げる。
梯子の上から泣きそうな翠霞の顔が覗いて、あたしは曖昧に笑った。


「ごめんね、ゴースにびっくりして落ちちゃった。」

どうしてヒスイが謝るの…


僕が、進化を先走ったから。ヒスイをちゃんと見てなかったから。
そう言ってもぎゅ、と抱きついてくる翠霞を撫でれば、後ろから暖かい腕が回された。


悪い、怪我、してないか?

「紅霞までどうしたの?なんともなかったんだから、」

「お前、コイツの保護者か?」


苛々とした声色に振り向けば、梯子から覗く赤い頭。
同じ赤でも紅霞とは違う。
少し、見えていない片目を抑えて「違うけど」と紅霞が短く答える。

そうか、今は人の姿だからシルバーくんと話せるんだ。
なるべく紅霞の名前を呼ばないようにしないと、じゃないと、いつかバレてしまう。


「…俺にはお前らがどんな関係なのかは知らないが、もう少し、その馬鹿に目を光らせておくんだな」

「ば、ばか・・・」

ヒスイが世話になったのは礼を言う。


あたしを抱き寄せて、何故か、苛々としたような口調で紅霞はシルバーくんを睨みつけた。
なんでこんなに険悪なんだろう、と思ったけれど足元で泣く翠霞を抱き上げて(腕がピリピリしたけれど、気にするほどでもなかった)紅霞を見上げる。
失礼、と引っ張り始めた紅霞の服を掴んで、とりあえず、仲良くなれなくとも。


「目標は長老様のところだからさ、一緒に行けばいいでしょ?シルバーくんと。」

…勘弁、してくれよ


あからさまに嫌そうな顔をする紅霞に「異議を却下します。ボールに戻りたいなら話は別だけど」と耳打ちする。
ボールをあからさまに嫌う紅霞は少し言葉を詰まらせてしぶしぶ了承した。


「一緒に行きませんか?どうせ、目指すところは一緒ですし」

「…また落ちてこられても迷惑だからな」


それは一応、多分だけどいいよってことだと思う。
無理矢理シルバーくんの右手をとってぶんぶんと振り回した。


「よろしく、シルバーくん!」

「ッ…」


途端、ばっと手を振り払われてしまったけれど、痛みは感じなかった。
泣いてる翠霞を床に降ろして、もうちょっと頑張ってね、と笑いかければ曖昧に笑って前を歩いてくれた。





「これ、頼まれていた届け物です。」

「おお、すまんのう…お嬢さん。そのか細い足でここまで来るのは些か難しかったのではないかの?」

「ま、まぁ…でも、心強い仲間がいますから」


確かに大変だったけれど、と心の中で思えばまるでそれを見たかのように長老様は柔らかく笑った。
シルバーくんは後ろで腕を組んで待っている。
ああ、そうか、戦うんだっけ。


「ごめんねシルバーくん、存分に戦って」


長老様の前からあたしが退くと、ヒノアラシくんが勢いよく出てきた。
ほないっちょ、』とニヒルに笑う彼はすごく可愛い。
熱い視線を送っていたのが紅霞にバレて、すごく不機嫌な顔をされる。

俺のほうが強い

「わ、わかってるよ。」


ヒトカゲの可愛い姿をもう少し堪能したかったの、なんて言えばきっと拗ねてしまうだろうから伏せておく。
バトルに視線を戻すと、既にマダツボミをノックアウトしたヒノアラシくんがホーホーと対峙していた。
ポケモン、変えなかったんだ。ぼーっとそんなことを考えているとぴたりとヒノアラシくんの動作が止まった。


「ヒノアラシ、さっさと片付けろ!」

「無駄じゃよ、ホーホー、つつけ」


避けることもできず、ヒノアラシくんはホーホーの強烈な突付きを全身で受けた。
それでも動くことができず、シルバーくんは舌打ちをする。


「チッ…催眠術か、ヒノアラシ、さっさと起きろ!」

「ホーホー、とどめじゃ」


高く飛んで、ホーホーの固い嘴がヒノアラシくんの急所をついた。
仕方なくボールにヒノアラシくんを戻して、「使えないな」と毒づく。
その表情は何処か苦しそうに、もうひとつのボールを投げた。

あたしを驚かせたあのゴースだ。


…先程の

「へ?」


いつの間にかあたしの前にきていたゴース(バトルはいいの?)に、首をかしげる。
もしかして、伝えたいことがある…とか?


先は失礼した、また、お会いする事になるだろう


その際にでも、と目の前から消えてホーホーと対峙するゴースくん。
男の子だとは思うけれど、随分礼儀正しい方だ。
あれで驚かさないでくれれば大丈夫なのに…

ホーホーは先程のように催眠術を(恐らく)かけてきたけれど、それに気付いたシルバーくんが声を上げた。


「何度も同じ手にはかかるか、避けろゴース!そのまま呪ってやれ!」


少し、呻くような声がして、ゴースがふらふらと飛び回る。
呪われたホーホーも相当辛そうだけれど、あの礼儀正しいゴースも呪いの反動で足元(って言っても足はないのだけれど)が覚束ないのに、シルバーくんは気にも留めてない様だった。
いや、実際にはそう見せないようにわざとゴースを見なかったのかもしれない。
ホーホーが倒れて、長老様はホーホーをボールに戻した。


「主は強い…じゃがの、ちぃとばかし、主はポケモンに対して厳しすぎやせんかの?」

「…ふん、そんな甘いこと言っているから負けるんだろう」


チラリ、とあたしを見るシルバーくんに、なんて声をかけていいのか迷っていたら、背後で怒声がした。


「シルバー!お前ッ…!」

「…悪いが、お前と遊んでいる暇はない。」


背後から聞こえた声に振り向いているうちに、シルバーくんは消えていた。
穴抜けの紐ってやつだと思うけれど…。
型を掴まれて、すごい形相のヒビキくんと目が合った。


「ヒスイ!アイツに何もされてないか!?」

「さ、されるって、何を…」


痛いよヒビキくん、と小さく抗議をすればすぐに手が離れた。ご、ごめん、と申し訳なさそうに頭を下げる。
ヒビキくんはシルバーくんと同じような紐を取り出して、「アイツを追いかける!ヒスイまたな!」と颯爽と消えてしまった。

どうしよう、と長老様を見れば長老様はホーホーとマダツボミに傷薬で手当てしていた。


「お嬢さんの、ポケモンを想う心を…ワシに見せてはくれんかの」


マダツボミを前に立たせて、長老様が笑った。
つまり、バトルしようってことだよね?
どちらを行かせるべきか迷ったけれど、紅霞にこっそりと耳打ちして翠霞を指名する。


「翠霞、お願い」

「ほう、そうきたか・・・マダツボミ、蔓の鞭じゃ」

「翠霞、葉っぱカッターで応戦して!」


鞭を跳ね返すほどの高威力の葉っぱが鞭にあたる。
どちらも引かずに攻撃を繰り返す。スタミナには自信のある翠霞だけれど、決定打を打てなければどうしようもない。
あの細い身体に攻撃を当てることすら困難に思える。かといって草タイプの技は不味いし…

なら。


「翠霞、攻撃を中断して逃げて!そのまま甘い香り!」

逃げられると思う?


蔓の鞭を走って避けつつ撒く香りは確実にマダツボミを捕らえる。
動きが鈍ってきた、今ならいけるよね!


「翠霞、渾身の力を込めて、たいあたり!」

任せて!悪いけど、勝たせてもらうよ!


どし、と鈍い音がして、蔓の鞭を掻い潜った翠霞がマダツボミに重い一撃を与える。
マダツボミは動作が鈍っていて完全に反応できずに倒れてしまった。

まずは一勝、と戻ってきた翠霞を抱きしめた。


「ありがとう、翠霞。草タイプ相手に凄いよ」

進化も諦めないけど、ヒスイを護るくらい強くなるからね、僕。 
 だからずっと一緒だよ



可愛いことを言ってくれる翠霞を一旦ボールに戻す。疲れているのはお互い様なのにボール越しに出して出してと騒ぐ翠霞を抑えて、後ろを振り向いた。
リザードに戻った紅霞が爪を出して、火を吐いた。


さぁ、ショータイムだ…

「ほう、リザードか…弱点のマダツボミの際に出さなかったのは、あのチコリータを庇ってじゃな?
 やはり、わしの見込みは間違ってはおらんかったようじゃな」


そんな大それたことでもないけれど、ふたりが傷つくのは嫌だった。
明日はジム戦をするつもりなのに、疲れてたらきっと悪い結果になる。

負けると言うことは、彼らを傷つけることだから。


「紅霞、催眠術の前に先に手を打つよ。煙幕!」

悪いがさっさと片付けさせてもらう


真っ黒の、いかにも害のありそうな煙を紅霞が吐き出すと、ホーホーは小さく泣いた。
夜に強い鳥だとしても、煙の中にも強いわけじゃないはず。
息を潜めて紅霞は好機を待つ。


「ホーホー、風起こしじゃ!」

「紅霞、今だよ!龍の怒り!」


集中を切らして羽ばたくその瞬間を、あたしと紅霞は待っていた。
そうすることで確実に相手に当てることができる。
ホーホーは夜の鳥、視覚だけに頼っているはずがないのだから、当たらなければ居場所を教えるだけじゃなく逃げられてしまいかねない。

紅霞が振りあげた腕を地面に叩きつければ、龍のような竜巻がホーホーに直にあたった。
しばらくして煙が晴れると、横たわるホーホーとそれを見下ろした紅霞がいた。


「完敗じゃよ」

「ありがとう紅霞、おいで!」


ぎゅ、と抱きしめれば少しだけ、紅霞は身をよじる。
ちょっと大人っぽくなってしまったけれど、大切な弟のような存在に変わりはない。

散々紅霞を可愛がった後に長老様にぺこり、とあたしは頭を下げた。


「ありがとうございました、長老様。」

「わしこそ、良いものを見せてもらった。おぬしとポケモンは数年の仲なのかの?」

「いえ、」


まだ出逢ったばかりなんです、と苦笑すれば、長老様のふさふさした眉毛に隠れていた目が大きく開く。
そして、あたしの胸にあるペンダントを一瞬見、ふむ、と眉毛よりもボリュームのある髭を撫でる。


「そなたは、そうか…」

「…?」

「否、今は伏せておくとしようかの。もし何か困ったことがあったらここに来るが良い」


その頃までには、きっと十分なほどにおぬしは強くなっておるじゃろうな。
にこり、と笑いかけられて、さっぱり何の話かわからなかったけれど、小さくはいと返事をした。
技マシンと穴抜けの紐を貰った。


「紐はここまで弁当を届けてくれたお礼じゃよ、ここを降りて行くのはその身体じゃもう限界じゃろうて」

「うぐ…心遣い、感謝致します…」


もう少し体力をつけないと、日課を再開しよう。
こっそりと心に誓って紅霞をボールに戻した後有り難く穴抜けの紐を使う。しゅるしゅると伸びる紐は空間に穴を作っていく。


「ぬしの旅路に、光あらんことを。」


あの少年をよろしく頼む、といわれて、聞く前に穴があたしを吸い込んだ。

外は既に真っ暗で雲もところどころに浮かぶ空は、星が燦々と輝いていた。
そういえば、ヒビキくんはどうしてここにいたんだろう?
結局聞けずにいたけれど、ウツギ博士に電話しながらあたしはポケモンセンターまで歩いた。

勝手に出てきた紅霞と翠霞と一緒に。



09.10.23



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