◎15 : 自信
腕にアイポッドをつけて、耳にはイヤホン。
ポケモンセンターの裏であたしは軽装で自分の世界へと入る。
音楽が流れるのに合わせて、様々なステップを踏む。
ひとつひとつの動きを大事に、音に同調させた。
口から滑り出てしまう歌詞にほんの少し自嘲気味に笑った。
とことん馬鹿を貫いているけれど、それもあたし。
夢を捨てきれないくせに、夢を見ることを戸惑っている。
バシ、と決めてみても、この身長じゃ学芸会程度のダンスにしかならない。
エレクトロでもっと迫力あるものにしたいのに、あまりにお粗末だ。
服装と足の長さを誤魔化すためにヒールがあるほうがいいのか…
それともサビを少しだけアレンジしてみる?あ、作業用のパソコンないんだ…
急に現実に戻されて、がっくりと肩を落とす。
わかってるけれどたまにはこうして音楽に触れ合っていたいと思う。
現実に戻ればそれが日常になれるけど、今は、大切な仲間がいて、大事な目的があって。
あたしの趣味に時間を割くことなんてできないのに。
「両立できればいいのに」
『
すればいいだろ?』
きゅぽ、とイヤホンを外されて振り返れば器用に爪でイヤホンを持つ紅霞。
起きたの?と聞けばまぁ、と曖昧な返事をされた。
『
踊るのが、好きなのか?』
「うーん…厳密には、少し違うかなぁ。リズムに乗るのが好きなの。
音の上で、ひとつひとつ、同化するような…」
手を広げて、立ち上がる。腕を回して身体を回転させて片足をあげる。
イメージは、月の光。バレエもそこそこはできるけれど、クラシックよりももっとポップなリズムが好きだ。
まったりと深夜の海面を泳ぐような、この曲は好きだけれど…音楽だけを創造するのは難しいから。
「この世界で、できるといいんだけどな」
『
…元の世界に、戻りたくねぇの?』
「どうかな」
曖昧に笑って、答えるのを避けた。
帰りたくないわけではないけれど、結局のところ、あたしにとっては窮屈な現実。
痛いことも辛いことも、今までもこれからもたくさんあると思う。
だけど、あたしの現実は今思えば、
「監獄…」
『
・・・』
ぴったりの言葉を、見つけてしまった。
唯一の希望が音楽だったのに、いとも簡単にそれは摘まれてしまう。
そんな世界なら、もう・・・
『
もう!探したよ、ヒスイに紅霞!朝からなんでこんなとこにいるのー…』
「あ、翠霞、おはよう。」
些か眠そうに、翠霞があたしの足に擦り寄る。抱き上げて紅霞の頭をとんとん、と叩く。
「紅霞も、ご飯にしよう?今日はしっかり食べてもらわなくちゃね」
『
ジム戦だもんね!』
キラキラした翠霞の瞳に、あたしは苦笑した。
2人とも戦うのが大好きみたいだからなぁ。
「あ、君!昨日はありがとう!」
昨夕に出逢ったあの人とジムの外で鉢合わせた。もうジムは再開したのだろうか、昨日と何ら変わっていないジムに、ああ、と彼は笑った。
「ジムならもう再開してるよ!でもその前に、」
ぽん、と手渡されたのは青色のボール。
「昨日のお礼してなかったからね!それはスーパーボール、あんまり出回ってないからよく考えて使ってよ?」
くすり、と笑って彼は大きなバケツを手に去っていく。(何に使ったんだろう…)
良かったねと翠霞が笑ってくれたので、これは受け取っておくことにしよう。
鞄にしまう際に、小さな実を翠霞に渡した。
「翠霞、危なくなったらこれ、食べてね?」
『
あのズバットからもらった木の実?』
「うん、相手は、鳥ポケモンだから」
翠霞はきっと戦いづらいと思う。あたしがそういえば、大事そうに葉の裏にしまいこんだ。(どうなってるんだろう)(まさかあたしの鞄と一緒で四次元ポケットとか…)
いざ大きなジムに踏み込めば、ポケモンの像の影からにゅ、と手が伸びてきた。
そしてあろうことかあたしの腕を掴む。
「オーッス!未来のチャンピオン!」
「は、はい…?」
「一目見た時からビビッて感じたぜ!お前はいずれでっかくなる!
だから俺がジム戦に役に立つ情報を提供してやる!」
その代わり、勝ってくれよ!とサングラスに髭面のおじさんはニカッと笑った。
いつものあの人か、と思ったけれど素通りするのも悪いし。
とりあえず足を止めて話を聞くことに。
「ジムリーダーのハヤトは親父さんの跡を継いで若いながらも立派にジムをまもってる。
そんなハヤトが使うポケモンは鳥タイプだ!つまり、虫や草ポケモンを出したら…ってチコリータかよ!なんてこった!」
頭を抑え始めるおじさんは暫くすると翠霞をまじまじと見た。
何を思ったのか、よしよし、と翠霞を撫でる。
「だが弱点というのは克服すれば弱点ではなくなる。いい眼をしてるお前に期待してるぜ?」
『
僕が鳥ごときに負けるわけないでしょ!』
「おおっ!威勢が良いな、ますます気に入った!
飛行タイプの弱点は何と言っても電気だ、なければ氷や岩がいいな。
だが未来のチャンピオン!お前の決意があれば、死地に活を見出せるはずだ!」
べし、と背中を叩かれて、おじさんはあたしを大きな板のような上に乗せた。
頑張れよ!とおじさんが手をあげた直後、足場が急に浮き始めた。
「ひっ!」
『
たけぇ…』
『
何この無駄な設備…』
久しぶりに辛辣な翠霞の言葉を聞いて、コンディションは良さそうだなぁとひっそり思う。
無駄な高さに怯えることもなく、歩いていると後ろからどん、と押された。
「すごいな!この高さで後ろから押されても動揺しないなん…ってえぇぇ!?」
「うぁ…」
ぐらり、と体が揺れて暗い暗いそこに重力があたしを引きずり込む。
あ、まずい、また落ちてる、と思ったその直後、蔓があたしに絡まった。
『
・・・』
「あ、あの、翠霞、ありが」
『
よくも僕のヒスイに手を出してくれたね…?』
『
悪いが遠慮はしねーぞ…?』
紅霞と翠霞が笑いながら少年に詰め寄った。まるで般若の形相に少年は後ずさりして行く。
「ふ、ふたりとも、こわがってるんだから…」
もうやめなよ、と言ったその時には既に彼は完全に意識を手離していた。
「あらら…」
『
自業自得ってヤツだ』
ぎゅ、と左手を紅霞が、右手を翠霞の蔓がそれぞれ繋がる。
なんだかんだと2人は仲が良いと思う。最近、夜中に2人が話しているのを聞いたりする。
多少翠霞がねぼすけさんになっちゃったけれど、仲良くなるのはいいことだよね。
本当の家族のように、なれればいいな。
「この高さでよく足を竦ませずにここまでこれたね!僕はハヤト、キキョウジムのジムリーダーだ!」
『
足が竦むも何も、俺のマスターは落ちたんだよ、8割がた。』
「…紅霞、それは言わない約束。」
間抜けだってことがバレちゃうじゃない、とぼそりと呟けばハヤトさんは首をかしげた。
紅霞が何を言ったって聞こえないのはわかってるけどー…。
「使用ポケモンは2体、入れ替えても勝ち抜いても構わない。
まぁ、僕の鳥ポケモンたちが負けるはずはないけれどね」
「(自信家?)はい、よろしくお願いします。」
ふっ、と長い前髪を手で払って、彼はポッポを出した。
長い前髪は人の姿の紅霞も一緒だけれど、彼も眼が見えないのだろうか…。
翠霞に実を忘れないでね、と笑いかけて前に出した。
大丈夫、あれは野生だったけれど、翠霞は一度ポッポに勝ってる。
『
ヒスイ、』
「うん?」
『
僕と、自分を、…信じて』
翠霞の優しさに、言葉に心がすっと軽くなった。
意外にも自分がジム戦で緊張していたみたいで、少しびっくりだ。
だって、今までジム戦なんて画面上のデータでしかなかったんだから。
「翠霞、ありがとう。」
「ポッポ、空を旋回しろ!」
ハヤトさんがポッポに向かって大声を出した。
指示通り、ポッポはジムの天井に近いくらいまで空を飛ぶ。
くるくると翠霞の上を飛ぶ。心配しちゃだめ、翠霞を信じなければ。
「翠霞、旋回先を見極めて蔓の鞭を足に絡ませて!」
『
任せてよ!』
ひゅるひゅると蔓を出してポッポの足に絡める。
幸いにもポッポの旋回能力はまだ高くないし、翠霞にも勝機は十分にある。
「ポッポ、なんとか振り払え!」
「ポッポの動きを利用してポッポより上に上がって!」
「何!?」
ポッポがぐるりと身体を回転させれば、翠霞はその反動を利用して壁に足をつけ、そのまま壁を蹴ってポッポより上にいく。
重力と翠霞の力を加えれば、威力は格段に上がるはず。
「翠霞!鞭を絡めたまま引き寄せて!のしかかりで決めちゃって!」
「ぽ、ポッポ!なんとか翼で打って迎い打て!」
「全力を出して、バランスを崩して!」
翠霞が蔓をしまいながら急降下する。ポッポが翼を翠霞にあてるために何とか構えてそのまま2匹は接触する。急降下して床に叩きつけられ、下敷きになってたポッポが呻いた。
だけどいくらバランスが不完全だったとはいえ、効果抜群の翼で打つを真正面から受けた翠霞も足元が覚束ない。
ポッポが動き出す前に、なんとか、しなくちゃ。
「翠霞!離れて回復して!」
『
そ、そうだね…流石に頑張りすぎちゃった、かも。』
けほ、と可愛い咳をしながらふらりと離れた。
ポッポも上に乗っていた翠霞が退いたことで身体を起こす。
口に含んだオレンの実で幾分か回復した翠霞と、ボロボロのポッポじゃもう勝敗は決まっている。
だけど、倒れるまでが、バトルなんだ。
尚も立ち上がろうとするポッポはゆっくりと翼を動かす。
「ポッポ、ふんばって風おこしだ!」
「今ならポッポよりはやく動けるよね!確実に決めて、マジカルリーフ!」
『
これでおしまいっ!』
ポッポが風を起こすよりはやく、そして確実に、葉はポッポの翼へと当たった。
ぐったりと倒れたポッポにハヤトさんは走って駆け寄ると、苦い顔をしてボールにいれた。
「まさか、草タイプに負けるなんてね…でも、次で名誉挽回してみせる!
行け、ピジョン!」
「(ポッポよりずっと大きい…)」
疲れている翠霞をボールに戻して、ちらり、と紅霞を見れば、一瞬だけ目を合わせて拳を突き出した。
翠霞のように言葉にはあまりしてくれない。けど。
あたしもそれを作って、拳にこつん、と合わせた。
「行ってらっしゃい」
『
あぁ。』
青い瞳がピジョンに向いて、爪を剥き出しにする。
ゆらゆらと尻尾を振って、まるで楽しそうにしている紅霞にため息が出る。
緊張とか、不安とか、きっと微塵もないに違いない。
「随分好戦的なリザードだな」
「ヒトカゲ時代は、もうちょっと丸かった気がするんだけどなぁ…」
『
バトル狂で何が悪い』と途端口から小さな火を出す紅霞に、ハヤトさんは苦笑する。
これじゃあピジョンが心配だって、逆に。「ピジョン、空中で竜巻!」
「紅霞、避けないで!」
竜巻が紅霞の周りをぐるぐると回る。まるで台風の目のような状態の紅霞は、身体を切り裂かんばかりの強い風に耐えている。
それでいいの、この竜巻を利用すればいい。
「そのまま中で火炎放射!」
「なっ…正気か!?」
ぶわり、と竜巻が一気に炎の渦になる。これで問題ない、確かに紅霞には追い詰められてもらってるけど。
これで一気に温度が上がる!
『
あ、あづ…い…』
「ピジョン!?」
『
ようやく読めた、お前の真意が』
渦から勢いよく出てきた紅霞に、ハヤトさんは眼を丸くした。
先程まで真っ赤に染まっていた尻尾の炎が青くなっている。
口から漏れる炎も青色だ。
リザードの特性、猛火。追い詰められるほど、炎の威力は格段に上がる!
狙い通りの展開に、やや動きが鈍くなったピジョンに青の炎が噴出す。
「紅霞、火炎放射!今度はピジョンの周りに!」
大きな炎がピジョンに襲いかかろうとする。
あまりの高熱にピジョンが眼を細めれば、間合いを詰めた紅霞が炎の中から飛び出した。
元々ピジョンに負けず劣らずのスピードを誇る紅霞はいとも簡単にピジョンの懐に入った。
『
チェックメイトだ』
「切り裂いて、紅霞!」
淡い色の羽が、空中に舞って、燃えた。
09.10.25
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