19 : 堕落





結局あたしはハナノさんに打ち明けずに、リオルくんを預けてワカバタウンを飛び出した。
どうしたいか聞けなかったけれど、大きくなるまであそこにいても問題ないだろうし、ハナノさんがどれだけ素敵な人かなんてあたしはもう十分にわかってる。
リオルくんが心を開くのだって、時間の問題、だよね?


次は、どこに行くんだっけ?

「えっと…とりあえずキキョウシティに戻らないと、だよね。」


今日中につくかなぁ、なんてぼーっと考えていると、後ろからちょっと!と大声で叫ばれる。
振り向けば知っているあの顔。


なんで、置いていくのさ…!

むしろ僕は君が何故着いてくるのか聞きたいんだけど…

「リオル、くん?」


あたしが彼を認識する前に、彼はあたしの前まで走ってきた。というよりは、まさに瞬間移動に近い。
気がついたら足元で不機嫌な表情であたしを見上げていた。


アンタ、ボクに昨日言ったこと忘れたワケ?

「…? 覚えてるよ、ちゃんと、約束守ったつもりだったんだけど…」

…最後まで、責任持って護ってよ。アンタがボクのマスターなんだから


ぎゅ、とあたしの足にしがみつくリオルくんを抱き上げる。
そういえば、紅霞もこんな感じで甘えて…はくれなかったけど、まるで、今のリオルくんのようで。
居場所…か…。


「必要、だよね。…一緒に行こう?リオルくん」

…途中で見捨てたら、殺すからね


じっとり、と赤い瞳があたしを見た。
ぎゅーっと抱きしめれば、はぁ、とふたつ大きなため息が聞こえた。


厄介なのがまた増えたな…しかもまた、ガキだし

またってどういう意味かな、紅霞?

そのまんまの意味だってことぐらいその無駄に大きな頭で考えてみたらどうだ?草坊主


また始まった…とげっそりすれば、リオルくんがボールを腰からとってふたりに向ける。
無言で暴れだしたふたりをボールにしまいこんで、腰にそれを戻した。
ガタガタとベルトが揺れる。


…うざい

「…仲が良いんだ、ふたりとも」


いつもは、喧嘩ばかりだけど。苦笑すれば、ふぅん、と大して興味なさそうにリオルくんが呟いた。






結局リオルくんのバトルを見つつ(『ボクが戦うけど、問題ないでしょ?』と言われてしまった)、キキョウシティにつけたのは夜更けだった。
迷わなかったにしろ数時間ずっと歩きっぱなしで足はパンパンだし、ベッドにダイブして今に至るわけで。

現在は32番通りを歩いている。ここから次のポケモンセンターまでは結構かかるから、今日は張り切って歩かなくちゃいけない。


明日はあの山を越えるの?

「そうだね、繋がりの洞窟って言って、その名の通り色々な場所に繋がってるんだって」


パンフレットを出せば、翠霞がキラキラとそれを蔓で受け取って眺めていた。
知識があっても実物を見るのとはワケが違う、と言う翠霞はさながらどこかの研究者みたい。
ある程度簡単な(つまり日常レベルの)漢字はマスターしてる翠霞にとってパンフレット程度は支障ない。

ご機嫌な翠霞とは裏腹に眠そうな紅霞は欠伸をしているし、飛び出してくるポケモンはリオルくんが全部受け付けていた。
そう、このリオルくん、相当強いのだ。
ポケモン図鑑が認識してくれないポケモンのためあたしは彼の使う技についてはまったくの無知なんだけれど、ほとんど小さい身体を巧みに動かして戦う格闘タイプ。
進化したら、これに鋼が加わるというのに波紋?だなんて技も使えるみたいで。


何ジロジロ見てるのさ


じっとり、と睨まれるのにも慣れて「身軽だね」と笑えば、返事もせずに前を歩き出す。
あまりあたしにも紅霞と翠霞にも馴染んではくれないみたいで(紅霞は放任だし)(翠霞なんて敵意を剥き出しにしてるし)、あまり話をしてくれない。


それにしても、


パンフレットを気付かれないように紅霞の尻尾で燃やしながら翠霞はちらり、とあたしを見た。
現に紅霞は気付かず、出番もないことに欠伸が止まらないようにしょぼしょぼと歩いている。ちゃんと眠れなかったのか、それとも、単に暇なだけなのか…。
細く開かれた瞳も本当に開いているのかどうか疑わしい。


洞窟って初めて入るんだけど、じめじめしてるし岩だらけなんだよね?
 僕にとっても天国みたいなものだけれど、紅霞にとってはどうなんだろう?


「あー…そうだねぇ、しいて言うなら、すっごく最悪…かな?」


やっぱりそうか…』と翠霞が紅霞の瞳を覗けば、ようやく気がついたように目が少しだけ先程より開かれる。


あん…だよ…ふぁ

迫力のかけらもないね。ボールに入ってたらどう?

…お前らで対処できない事態になったらどうするんだよ、


一応お兄さんの自覚はあるみたいで、欠伸を噛み殺しながらどしどしと前を歩く。
歩いてたリオルくんの首根っこを掴むとあたしに投げて寄越した。
どん、とあたしの胸の中に投げつけられたリオルくんはじろ、と紅霞を見る。


アンタ…どういうつもり?

少し俺も運動しようかと思っただけだ


口から炎を漏らして臨戦態勢になった。こうなった紅霞は止められないし、好きにさせておけばいい。
あたしの指示がなくても彼も翠霞も十分動けるし、よしよしとリオルくんを撫でた。


「じゃあお言葉に甘えて、リオルくんの名前を考えようか!」

…名前?

「うん、紅霞はリザードが種族名で、翠霞はベイリーフが種族名なの。
 リオルって種族名でしょ?だから、他のリオルと間違えないように名前をつけるんだ。」


真っ赤な瞳が少し、揺らいだ。
ああ、そうか、うん、そうだ。これにしよう。


「真紅!リオルくんの名前は真紅にしよう!」

しん、く?

「うん!綺麗な瞳だし、それに…前に、同調って聞いたから」


英語のsynchronizeをもじって、シンク。そう言うとちょっと考えて、『興味ない、好きに呼べば』と胸に顔を押し付けてくる。
服を握る手が硬いのを見てくすりと笑った。なんだ、テレ隠しなんだ。
冷たいように聞こえるけれど、ずっとずっと思ってるより子供だ。

よしよし、と頭を撫でれば耳が少しだけ垂れ下がった。

桟橋のぎしぎし、と言う音を楽しんでいると、大きな、鈍い音がして見上げる。
空にはコンクリートでできた道が桟橋と交差するようにはしっている。


「それはリニアだよ、坊主」


釣りをしていたおじさんが上を向いていたあたしに笑いかけた。
大きなバケツにいっぱいコイキングをいれていて、暴れることもなく切なそうにあたしを見ている。


「リニア、っていうと鉄道ですよね」

「そうそう、リニアパスがないと乗れないけどなぁ…コイツがはしってると、皆逃げちまうんだよ」


まともに釣れてないだろ?と餌のかかっている竿をあげてあたしに見せてからまた遠くに投げる。
確かに、すごい音だからなぁ。
でも、とおじさんは釣竿の先を見ながら続ける。


「コイツのおかげでカントー地方に行きやすくなったのも事実だしなぁ…
 坊主、コイツを持っていけ。竿にひっかかってたんだが、俺はここでひきあげるとするよ!」


ぎゅ、と手にボールを握らせるとおじさんはそそくさと大きなバケツを抱えて帰っていく。
ありがとうございます!と大声で手を振りながらおじさんの背に向かって叫べば、おじさんは軽く片手を上げた。

少し、色褪せたモンスターボールをあけても何も入ってない。
きっとここを通った人が落としたものなんだろうなぁ…と鞄にボールをしまう。
そろそろ桟橋が終わる、というところで、ぐ、と腕を掴まれた。


「ちょっとそこのハンサムな少年!そのかっこよさに磨きをかけるためにヤドンの尻尾はいらないかい?」


にっこりとした笑顔で腕を掴むお兄さんに立ち止まった。
確か、おじさんが売ってるんじゃ…売人役は複数いるのかもしれない。
じ、とカゴにいれられているヤドンの尻尾を見て、「結構です」と言えば尚も強く、腕を掴まれる。


「そんなこと言わずに、さ!栄養満点だし、おいしいんだけどなぁー。
 たったの100万で手に入るんだよ?」

「そんなことより、あの尻尾、一体どうやって手に入れたんですか…?」


あたしがお兄さんの瞳をじっと睨みつけると、途端に貼り付けていた笑顔を歪めてどん、とあたしを突き飛ばした。
あまりに冷酷な視線を向けられて、はっ、と鼻で笑う。


「どうだっていいだろ、面倒なガキだな」


あたしがしりもちをつけば、かたり、と腰からボールが落ちた。
ころころと重力に従って下り坂を転がっていく。


「あっ!」

よくもヒスイに手をだしてくれたね…

シメてやる


翠霞と紅霞が臨戦態勢になってることも知らず、あたしはボールを追いかけた。
赤いボールは翠霞のものか、紅霞のものか、わからないけど。
ポケモンにとってあれは自分の部屋みたいなものなのに。

走れば、まだ間に合う。そう思ってすぐに駆け出した。


ちょっと…!行くな!

「もうちょっと…!」


止まらないボールに体制を崩しながら手を伸ばせば、無情にも穴に落ちていく。
崩れた体制も元に戻ることはできず、そのまま大きな穴へと身を投じた。


ヒスイ!…クソッ、紅霞!翠霞…!


あたしの後を追って穴に飛び込む真紅に気付かなくて、宙でやっとボールを掴んで来るべき衝撃に目を瞑った。

暗転。



09.10.31



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