20 : 悪役





体中が痛い。あたしは地面ではなく、水の中に飛び込んだらしい。
それが幸いして怪我はまったくない。下着の中までぐっしょりとしているけれど…。
体中が痛いのは水面に思い切りぶつかったからで、どこか打ったわけでもない。

陸地に上がれば、じろり、と真紅があたしを睨んでいた。


無茶ばっかりしてるからこうなるんでしょ

「でもほら。」


阻止したモンスターボールを見せて笑うと、呆れたように、真紅がため息を吐いた。
でも大分落ちたようで外の明かりはうっすらと水面に照らされるだけ。

ここは、恐らく繋がりの洞窟内部だろうけれど、でもどのあたりなんだろう。
ポケモンセンターに戻るより、ヒワダタウンを目指したほうがはやそうだ。
それよりも。


「ふたりとも、まだあのお兄さんにつっかかってるのかなぁ」

それはないよ、アイツらに波紋で伝えたからね…


面倒くさそうにそのへんにぺたり、と真紅が座れば、上からざっぱーんと激しい音を立てて何かが落ちてきた。
ぷは、と可愛い顔をだしてあたしに微笑みかける。


僕のお姫様は無事かい?

「翠霞!…紅霞は?」

水の気配を感じ取ってゆっくり降りてきてるはずだよ。ホラ


にゅーっと蔓が1本だけ水面から出て一方を指した。岩に飛び移りながら降りてくる紅霞が見える。
とりあえず、これで合流できたわけだし、なんとか上に戻らないと…。
でもあの紅霞が苦戦してる岩場を登るなんて運動音痴のあたしじゃ無理そうで。


「困ったなぁ…うーん…」

…! ちょっと、静かにしてて


あたしが困っていると、真紅が手を地面についた。
赤い瞳を閉じて何かを探るように、神経を研ぎ澄ませてる。
翠霞や紅霞は気付いていない"何か"を探ろうとしているんだと思う。彼は、波紋を感じ取れるから。

1分ほどそうしてた真紅がいきなり走り出した。丁度紅霞が地に足をついたところだった。


「ちょっと…真紅!?」

微弱だったけど感じた…何かが、いる


速いスピードで走る真紅とは違ってあたしは服は水を吸い込んで重たいしブーツの中は水が入っていて走りにくい。
あっという間に差をつけられて、彼が止まった場所に辿り着くまでに肩は上下していた。
だけど彼の視線の先を見て思わず息を呑んだ。なんて、惨い。

血だらけのミニリュウが、その身体を岩に預けていたのだ。


「ッ…!真紅、紅霞と翠霞を」




返事もせず元来た道を走っていく。水を含んだ自分のブラウスの袖を破いて、ゆっくり刺激しないように血を拭き取った。
生々しく大きな傷が残っている。


私に、構わないでください…


小さく、ミニリュウが鳴いた。どうやら男性のようで、その声は拒絶ではない。
どちらかといえば、諦めたような、そんな言葉。


「喋らなくていいから…すぐに、よくなるよ」

いえ、もう…そうなりたくはないのです…


傷薬を吹きかければ、観念したように彼は瞳を閉じた。
ポケモンに自殺概念があるかはともかく、この現状を放置はできない。
真紅と一緒に紅霞と翠霞がこちらに来れば紅霞の尻尾の炎でまわりが明るくなる。

青と白の身体がまるで海のように綺麗なのに、不釣合いな赤が身体を濡らしている。
ふと、翠霞が首から草を千切ってあたしに手渡した。


包帯の前にコレを挟んで…少しは痛みを抑えてくれる

「ありがと、翠霞」


軽く首を撫でてすぐにそれを傷の上から包帯を巻けば、大分弱っているものの先程よりは幾分か落ち着いたようだった。
ふう、と安心してミニリュウの身体を撫でれば瞳を細めた。


あの、先程は見苦しいところを失礼しました…

「完治するまではきっと時間かかるけれど、トレーナーさんが今頃探して…」

「あーっ!いたいた、もー探したのよォ?」


カツ、と洞窟には似合わないヒールの音がして、あたしの腕にいるミニリュウを女性は指さす。
じ、とあたしを見て、周りにいる紅霞たちを続けて見た。


「ふーん、いいポケモンつれてるじゃない。ねぇ、あたしもうその子いらないからそこの子と交換しない?」


長い爪が指さしたのは真紅。は、と声も出せずにいると女性はにっこりと笑う。
赤い口紅が弧を描くのをただ見てた。


「あー、アナタってもしかして新米トレーナーさん?じゃー無理かァ。
 なら奪えばいいわよね。」


何を、言っているんだろう。意味が分からない。
要らないって、一体なんなの?

でも目の前にはアーボックとドガースが飛び出してくる。
これはわかる、バトルしなければならない状況だってことも。


逃げて、ください…

「ッ…紅霞!真紅!」


ひゅん、と素早い2人が飛び出して行く。ミニリュウくんが小さく小さく鳴けば、ああ、そうか、全てを理解できた。
彼女の服に書かれている"R"という文字の意味。


「…ロケット団」

私は、捕まっていたのです…

「なるほど、その傷も」


心がぐるぐると混ざるような、吐き気を催す感情が疼く。
ああ、なんて人たちなんだろう。この子と同じ目に遭えば、どれほど自分たちが非道な行いに手を染めているか理解できるはずなのに。

同じ目に、遭わせてしまいたいくらいに。


「まァ、アナタのポケモン強いのね。じゃー残念だけど帰ろうかしら。
 その子は持って帰るわね」


彼女がボールをふたつ、アーボックとドガースをしまってひとつ取り出した。
あれが、なければこの子は自由になれるのに。

あれさえなければ。


ッ…ヒスイ!?

消え、失せろ


ばき、と目の前のボールにヒビが入る。目を丸くしてお姉さんがあたしを見るけれど、まるで自分でも制御できないくらいの何かがあたしを動かしていた。
どうしようもないくらい体が疼く。

腕を伸ばせば、簡単にボールが壊れた。


「あっ…」

「な、なんなの…気持ち悪い」


お姉さんが後ずさりして去っていくのを見ていて、最後の言葉を繰り返した。
気持ち、悪い。あたしが、一体、あたしは"何"?


--- 怖がるな


きん、と一瞬頭が痛くなって、遠くから声が聞こえた。
アンノーンの落ち着いた声。
だけど声の通りに怖がらずに自然に振舞うことなんかできない。


--- 理解している。ではせめて、悲観的になるな。我々は共に在る。

「そんなこと言ったって…だって、あたし、変なこと…ッ!!」

--- 大丈夫だ、もう、大丈夫


ふ、と気がつけばペンダントが光っていた。もしかして、あたしがしたわけじゃないんだろうか。
でもあたしに"反応"はしたはずだ。まるで、感情が混ざったような。無ではないのに、冷たい何か。

ああ、まだ混乱しているのか、と思ってペンダントに触れれば光はゆっくりと消えていった。


…大丈夫か?

「う、ん…ふたりとも、怪我はない?」

あぁ、俺もチビも平気だ。


座れよ、とぺたんと座ってしまう紅霞の隣に座れば、じ、とあたしの服を見る。
ああ、濡れてたなぁと少し離れればため息を吐かれた。


今日はここでいいだろ、疲れたしな。明日出口を探そう。
 あの女がここに来たんだから、恐らく出口はあるだろ。


じゃあ枝を拾ってくるよ、真紅、おいで


翠霞が真紅を連れて枝を捜している間に、この濡れてしまった服を脱ごうかな。
ミニリュウくんを紅霞に預けて岩陰で服を着替えた。
鞄の中は(防水なのだろうか)ほとんど濡れていなかったのでスパッツとキャミソールをさっと着る。
寝袋を敷いて座れば、隣に紅霞も座りなおした。


なぁ、あの女の言ったことなんか気にすんなよ。
 ゲスが、お前を理解なんて到底できない


「でもあの人の言ったこと、当たってるよ。あたしも自分で気持ち悪いって思ったから」


こうしてミニリュウくんを抱く手だって、いつ、彼を傷つけるかわからない。
きっと大丈夫だからアンノーンは大丈夫だって言ったんだろうけれど、でも、怖い。
誰が100%の保障をしてくれるというのだろう。


…貴女はお優しい方ですね、彼らが、貴女を選んだ理由がわかりました


くすり、とミニリュウくんが笑った。彼ら?どうして、ミニリュウくんは"彼ら"を知っているの?
ぽかんとミニリュウくんを見れば、目だけあたしに向けて、にっこりと笑った。


私は仮にも龍族ですから。比較的長いこと生きていますし、貴女の事も言伝えで知っていますよ

「いい、つたえ?」

お話しましょうか…暖をとれるまで、ほんの少し。


ミニリュウくんが深呼吸して、ゆっくりと、話し始めた。



2009.11.02



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