◎21 : 温度
チリチリ、と火の独特な音がして、寝袋を敷いたあたしたちは横になっていた。
紅霞だけが起きて火を見ている。
ミニリュウくんの話は、とても、信じたくない内容だった。
ざっと言えばこう…人間と、ポケモンの戦争。
あたしが召喚されたのは、記録者が危険だと判断したから。記録者は、アンノーンのことであっていると思う。
これは"監視者"の同意があってできることらしい。
あたしのような存在は言伝えでは"調律者"と呼ばれて、世界を調整することができる唯一の人物で。
でも、確実ではないらしい。
つまりあたしが失敗すればこの世界は二分して、ポケモンと、人間の共存は不可能になる。
そうなれば力のない人間は滅び、均衡が崩れ、世界の破滅へと向かう。
どうすればいいとか、そんなことはわからないままで、責任ばっかり重くなっていって。
オマケにボールは念力みたいな感じで破壊しちゃったし(それでミニリュウくんは自由になるんだけど)、肝心なことはまったくわからず仕舞いだし。
ぐちゃぐちゃの頭が煩わしい。
あたしが何かを行うのは問題ないんだ。どんなに責任が重くても、やり遂げたいと思う。
でもあたしの私情に結局はこの子たちは付き合うことになる。
それは、この子たちから自由を奪っているんじゃないのだろう、か。
それで、いい、の?
『
…眠れないのか?』
「紅霞…」
『
まぁ、無理もないな、あんな話聞かされた後じゃ。』
それにまだ寝るには少し早い、と紅霞はため息を吐いた。
そうだよ、紅霞だって疲れてるんだし。
「紅霞、寝て良いよ?あたし火見てるからさ」
『
ボールの中で寝るから気にすんな。でも眠れないなら』
ふ、と笑って人型をとると、胡坐を掻いて座った。
ぽんぽんとその間を叩く。
「
ほら、来いよ」
「・・・へ?」
「
無理矢理、されたいのか?」
嫌だろ?と意地悪く笑う紅霞の傍に寄って、でもやっぱり隣に座った。
そ、そんなとこ恥ずかしいというか人間は普通恋人同士がやったりすることだと思うし。
腰を落ち着けたあたしに苛々としたのか、背後に回って後ろから抱きしめるようにして座る。
耳に吐息が当たって、くすぐったいような、恥ずかしいような、複雑な気持ちになる。
腕が回されてあたしをきつく束縛した。
「
来いって言っただろ、意味、理解できなかったのか?」
「だ、だって恥ずかしかったし…人間はこういうコト、友達にしないもん…」
「
へぇ」
楽しそうな声が後ろからして、嫌な予感がする。
そもそも紅霞の時点で既に嫌な予感はしてたんだよ。いやまぁ、翠霞でも同じ結果か…。
好いてくれている(と思う)(からかってるだけじゃなければ…)のはすごく嬉しいけれど、度が行き過ぎてると、いうか。
「
じゃあ、どんなヤツにすんだよ?」
「こ、こいびと、とか」
ふーん、と興味なさそうにあたしの肩に頭を乗せる紅霞の頭を撫でて、小さく燃える火を見つめた。
ゆらゆらと揺れながら、それでもまだ、明るさを保っている。
「
なぁ、恋人、つくんの?」
「へ?」
「
…別に。なんでもねェよ……」
むっつりした横顔に、思わず、ふきだしてしまった。
まさかあの紅霞がこんなに甘えるなんて。
なんだか似合わない。
「
…普通、笑うかよ」
「だって、紅霞、居もしない相手に嫉妬してるんでしょ?あの天下の俺様紅霞様が!
コレを笑わずにいつ…ぶはっ」
「
もっと上品に笑えよ!つか、別に嫉妬なんかじゃ…!」
「あはは!でも、恋人が仮にできたとしても紅霞のことも翠霞のことも真紅のことも離すつもりはないよ?」
お腹を抱えながらそう言えば、ますます、紅霞はあたしを見て眉間に皺を寄せた。
そんなに怒らなくたって…だってすごく可愛いんだよ。
ってことは内緒にしておかないと危険だけど。(燃やされる!)
ぐ、と緩められていた腕をまたきつくされて、紅霞があたしの首に顔を埋めた。
「
ちげーよ…バカ」
「へ?」
「
もう寝る。」
「え゛?ここで?あたし肩凝っ…」
「
………」
既に時遅し(どんだけ早いんだ)、寝付いてしまった後で。
右肩の重さに耐えながら、それでもあたしを見守ってくれている紅霞の火をじっと見ていた。
洞窟を抜けるのは簡単で、あたしの腕の中でミニリュウくんが案内をしてくれていた。
ヒワダタウン方面から来たらしく、頭の良い彼は道順もしっかりとおぼえていたらしい。
ということは、あのお姉さんとまた会うことになるかもしれない。
打ち付ける雨を抜ければ、町の外れまで来れたらしい。
さほど距離があったわけでもないのに全身ずぶ濡れのあたしとミニリュウくん、それに翠霞は炭の匂いのする方へと歩く。
ふと、黒い服の男の人と目が合う。胸にはデカデカと"R"の文字。
後ろには大きな井戸が見えた。
「ここがヤドンの井戸かぁ…」
『
アレ、なんなの?』
「ロケット団。」
す、と横を通り過ぎる。井戸に関心を示さないあたしに安堵したのか、プラプラとするロケット団はあたしから見ても間抜けそうだった。
でもとりあえず、ミニリュウくんをポケモンセンターに預けなくちゃ。
古めかしい匂いに包まれた町に入ると、色の褪せたポケモンセンターの屋根が見えた。
小走り気味にドアをくぐる。
「まぁ!洞窟を抜けていらっしゃった方ですね。すぐに部屋を手配します。」
「部屋より先にこの子をお願いします」
トレーナーカードをカウンターに置きながらあたしの子じゃないんですけど、と付け足せば、何かを察したのがすぐにミニリュウくんを抱いて奥へと走っていくジョーイさん。
暫くして、にっこりと笑ってジョーイさんが小走りに戻ってきた。
「処置がはやかったようで、とっても健康ですよ!あの子も喜んでいます、きっと。
さぁ今度は貴女の番ですよ?お風呂に入って濡れた身体を温めてくださいね」
トレーナーカードを返して貰って部屋に案内される。お湯はすでにたっぷりと入っていて、湯気がたって暖かそうだった。
濡れたのはあたしもだけれど翠霞も一緒。先に翠霞をいれてあげよう。
「おいで、翠霞。お風呂にはいろ?」
『
…!?』
「ほら、洗ってあげるから」
袖を捲くったあたしを見て、目を丸くしたと思えば急に落胆し始める。
一体どうしたんだろう、とは思ってもあたしも寒いからそれ以上は追及しなかった。
簡単に洗ってあげて、身体を拭けば先程よりずっと葉っぱが元気そうに見えた。
「あがったら軽くご飯を食べて外に出ようね。紅霞と真紅にもボールから出るよう伝えて?」
『
了解』
バスルームから出て行くのを確認して、あたしも服を脱ぎ捨てた。
帽子からバッジをとって全部洗濯機につっこんでしまう。
ドロドロとは言わないけれど、昨日は入れなかったし、初めて野宿したし。
結局火を消して寝ちゃったあたしは寝不足ではないのが幸いだと思う。(節々が痛いのは紅霞のせいだ)
ざっとシャワーを浴びて着替えれば、翠霞が人型でご飯を作っていた。
「
あ、もうちょっとでできるから、髪乾かしてきたら?」
「翠霞…料理、できたの?」
「
ううん?でもほら」
片手で見せてくるのは料理の本。そういえば何冊かそういった類の本が並んでたなぁ。
新聞とかも置いているのを見たことがある。(たまーに、読んでみたりもしてるけどね!)
いい匂いがしてきて、あたしは急いで髪を乾かしに行った。
2009.11.04
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