22 : 対峙





ご飯を食べてポケモンセンターを出れば、目の前をお爺さんが走っていった。
真っ直ぐに町の外…洞窟のある方角に向かっているのを見て、少し、悪寒がした。
まわりを見渡しても誰もいないし…。


「まさか、ね」


一応、追いかけよう。軽く走って追いかければお爺さんは案の定、井戸の前に立っているロケット団を怒鳴りつけていた。
彼は、間違いなくガンテツさんだ。


「じゃかあしいわッ!!」

「ヒッ!」


ロケット団が井戸へと滑り降りて行くのを確認して、ガンテツさんであろうお爺さんも後を追う。
真紅が目を細めて小さくあ、と呟く。


あの人、落ちた

「…そっか」


原作どおりの展開に苦笑する。ということは、やっぱり押し付けられちゃうわけで。
元よりそのつもりでヒワダタウンにきたんだから何も問題はないんだけど…。

井戸についている梯子をゆっくりと降りれば、座り込んでいるお爺さんと目が合った。


「だ、大丈夫ですか?」

「井戸から落ちてしもて腰を強く打っての…動けん」

「た、助けを呼びましょうか?」


気まずい空気。いや、実際に気まずいのはあたしだけだと思う。
だってガンテツさんっていかにも頑固そうなお爺さんで、変に緊張してしまうんだもの。
悪いことはしてないけれど、多分…。


「いや、ええわ。それより奥におるヤドンを助けてくれへんか?」

「えっと…は、はい、わかりました。あの、ちょっと失礼します」


横についてガンテツさんの腕を肩にまわしてゆっくり立たせて、岩陰に座ってもらう。
ここなら先程の場所よりはずっと安全だ。向こうからなら死角になるし…。


「じゃあ、いってきますね」

「あ、お前さんの名前は?」

「…ヒスイと申します」


ぺこり、と頭を下げてとりあえず薄暗くじめじめとした井戸の内部へと足を踏み出した。
井戸って細長い穴に地下水がたまってる、あの井戸だとおもったけれどそうじゃない。
小さな洞窟のようなもので、水を汲んだりするわけではないみたいだ。

ここの水はもしかしたらヒワダタウンの住民にとって生活に欠かせないものなのかもしれないけれど。

紅霞の尻尾の光を頼りに、ゆっくりと歩いていけば僅かに光の漏れている場所があった。
もしかしたらあそこにいるのかな。ロケット団だって人間だし、灯りがないと流石にここで活動できないよね。


「すみませーん…」

「畜生…上で見張ってたのに…なんだあの爺さん…って、うあ!?」

「あ、あの、お邪魔してます」

挨拶の必要はねーだろ


呆れたようにため息を吐く紅霞を無視して挨拶すれば、きょとん、とロケット団の人があたしを見た。
それからじーっと見て、あ、と声をあげた。


「ずぶ濡れ帽子!」

「…そうですけど。」


あの時目が合ったことを覚えていたみたいで、げっそりとあたしを睨む。
ボールを取り出す仕草に、面倒だなぁ、とあたしもボールを取り出す。
別に彼が弱いと思っているわけでもないけれど…この子たちは、ずっと強いから。


「おいで、翠霞」

ふふ、僕の相手が務まるかな?


楽しそうに翠霞が笑う。二匹のコラッタが翠霞に飛ばされて呆気なくバトルは終了した。
日に日に強くなってる翠霞は戦うのも楽しそうで、なんだか不安になってくる。
インドア派っぽいのに…みんなバトル狂だから。


もうお終い?


ふふ、と目を細めて笑う翠霞に先程よりくたびれた感じでロケット団の人はその場に座り込んだ。
その姿があんまり、見ていられなくて「大丈夫ですか?」と声かける。


「俺さ…ホントはヤドンの尻尾なんて切りたくねーんだよな…いや、俺が切ってるんじゃないんだけどさ。ただの見張りだし。
 だけど俺下っ端中の下っ端で、意見できるような立場じゃねーしさ…」

「…失礼ですけど、なんでロケット団に?」

「この服、なんかイカしてんだろ!?」


これだけでどんなことでもできるって思ったんだよ!無邪気に笑う彼に、思わず苦笑してしまう。
もしかしたらあたしの思っているほど悪い人じゃないのかもしれない。
いやまぁガンテツさんに怒鳴りつけられて逃げるような人だから、怖くもないけれども…。

でもセンスはあまり、共感できない。


「じゃあその服だけいただいてズラかっちゃえばいいじゃないですか。ほら、あっちが出口ですよ」

「…なんで今まで気がつかなかったんだ!ずぶ濡れ帽子、ありがとうな!」


ばしばしとあたしの背中を叩いて二匹のコラッタと一緒にさっさと井戸を後にする彼の笑顔は爽快だった。
なんだか、面白い人だったなぁ。名前聞いて置けばよかった。


ヒスイ、

さっさと済ませて帰ろうぜ

「あ、うん!」


そうだ、忘れるところだった。ヤドンたちをなんとか助けなくちゃ。
ドキドキと高鳴る胸を落ち着かせて、ほの明るいその場所をゆっくりと進んでいく。
話し声が聞こえてきてふと、足に何かがひっかかった。


「うん?」

…あれぇ?

「・・・ん?」

…なに、してたんだっけ?


ゆっくりなテンポで返ってくる返事(とも言えない呟き)に紅霞はぷ、と笑う。
あ、ヤドンだ、足元が暗くてよくわかんなかったけれど。


「や、ヤドンさん、尻尾は…ない…」

しっぽ…って、なんだっけ…

「ほらほら、いいからさっさと逃げちゃってください!見つかっちゃうし…」

「ほう、貴女がここに迷い込んでしまった哀れな子供ですか」


ヤドンの身体を押していれば、後ろから声がした。
振り返れば紅霞と翠霞が構えている。

淡い青の髪の、同じ色の瞳。端麗な顔なのにそこには表情がなかった。
隣にはチャラチャラとしたあの時の、女性。


「ミニリュウはもうどーでもいいから、貴女のポケモン頂きにきたワ。
 貴女、女の子だったのね」

「珍しいポケモンを持っていると報告を受けて、私の方から直接出向こうかとも思っていたのですよ。
 面倒な手間が省けて助かりました。」


こちとらいい迷惑だ、なんて言えず、ただため息が漏れる。
紅霞と翠霞が構える。
ヤドンは相変わらず間抜けた表情をしていたけれど、じっと、確かにあたしを見ていた。

そうだよね、避けては通れないか。


「ヤドンたちを返していただきにきました。話の分かる方…では、ないようですね?」

「正義面するのもやめなさいよ、バケモノの癖に」


ぎろり、とあたしを睨む女の人はヒールを踏み鳴らしてボールからアーボックを繰り出した。
あの時のアーボックがあたしを睨みつけた。男の人が放ったボールからはドガースが出てくる。

翠霞じゃ不利か、と思ったけれど、翠霞が突然あたしを見た。
まるで戻そうか迷っていることを止めるように。
結局その視線に負けてボールから手を放す。


「まったく…何処の町にも私たちに逆らう奴はいるのですね…やってしまいなさい、ドガース」

「アーボック、かみついて!」

「紅霞…翠霞!」

任せとけ

紅霞、いくよ?


翠霞が紅霞に軽く声をかけて飛び出していく。ドガースの吐くガスで息が詰まってくる。
暫くして紅霞と翠霞があたしの隣まで下がってきた。
またバトルは終わってない。


「おや、負けを認めるんですか?」


男の人が少しだけ口の端を上げてドガースをけしかければ、にやり、と翠霞が笑った。
刹那、紅霞の口から大きな炎が吐かれる。
一瞬あまりの眩しさと爆風に目を瞑れば、大きな大爆発が起きた。

最初から、これを狙っていたのだ。二人は。


「ガスと…炎…それに、リフレクター」

ヒスイ、平気?

「うん…でも他のヤドンたちは大丈夫、かな」


それは平気、と翠霞が笑った。
ドガースの吐き出すガスの濃度を調整しつつ戦っていたらしい。大きな爆発だけど、範囲はそう広くない。
あたしの後ろのヤドンにも問題はないらしいし。


「ナイスだよ、ふたりとも。」

だから言ったろ、任せろって。


爪を光らせ、紅霞が笑う。土ぼこりが落ち着けばぐったりと倒れるアーボックとドガースがいた。
向こうはリフレクターなんて使えないため直に爆発を受けている。
ロケット団の2人は、岩陰に隠していた身を隠していたらしく、傷もなかったけれど。


「まだ子供だと思って侮っていたら…なんということ…」

「ランスぅ、どうしようー?」


くねくねと腰を動かして彼の腕に抱きつく女性を、チラリと男の人は見た。
予想はしていたけれどこの人が、幹部のランスさん…?

突然その腕を振り払って女性を突き飛ばすと、鋭い視線を女性に向けた。


「やはり、使えませんでしたね。貴女との遊びはこれまでです。」

「はっ…?」

「貴女、」


ランスさんがじ、とあたしを見る。冷たい視線だったけれど、何処か、楽しそうな色もしていて。
紅霞と翠霞が構えればくすりと笑った。


「名前は?」

「えっ…あ、ヒスイ、です」

「ヒスイ…貴女とは、不思議とまた会う気がします。その時を楽しみにしていますよ」


ヤドンをどうぞ、と彼は笑ってボールにドガースをしまいさっさとこの場に背を向けてしまった。
残された女性とあたしは眼が合う。どうしよう、すごく気まずい。

途端女性はきっ、とあたしを睨んだ。


「アンタのせいでランスに捨てられたじゃない…どうしてくれるのよ!」

「え、あたしのせいですか…なんだか、すみません」

「覚えておきなさいよ…次は後悔させてあげるわ!」


彼女もアーボックをボールにしまって走って去ってしまった。
残ったのは、あたしと紅霞と翠霞、それと、ヤドン。


女の嫉妬って怖いよねぇ…

つかまた面倒事に巻き込まれたことを少しは我が主は自覚してんのかよ

「へ?」

仕方ないよ、ヤドン並の鈍さだしね

だな


楽しそうに話すふたりにとてもじゃないけれどついていけなくなったその時、暗がりから声がした。
元気になったガンテツさんと、彼を支えるあの最初に出会った"下っ端の下っ端"な彼がゆっくりとこちらに歩いてきていた。



09.11.04



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