25 : 吉兆





どことなく久しぶりな感じのヒビキくんとショッピングに出かけた。
とは言ってもポケモンセンターのすぐ近くだし、ヒビキくんはこの後ポケモンセンターに寄ってから旅を再開するみたいだった。

なくなりそうな日常品などをカートに入れていく。


「ヒスイはさ、これからどーするの?」

「とりあえず…ウバメの森を抜けて、コガネシティ…かなぁ。
 ジョウト地方で一番の都会だって聞いてるから楽しみで!」


あたしがそういうと「リニアもあるしな!」とヒビキくんも笑う。
リニアというと、新幹線みたいなもので、いわゆる"カッコいい乗り物"みたいなものだ。
男の子であればほとんどの子が憧れる、というもの。

ヒビキくんも例外ではないようで。


「オレもリニア見たかったなぁ…なんかリニアパスっていうのがないと乗れないらしいけどさ。見る分はタダじゃん?
 一回オレ、家に帰るからさ」


そうなんだ、と相槌をうつ。彼はあのトゲピーの卵を持っているのにも関わらずゲームのようには動かない。
どうしてだろう、何が彼とあたしで違うのだろう。
わかることは彼ではなくあたしが、おおよそ全ての問題を解決すること。

自由に旅をしてみたくもないけれど、…終わってからだって、きっとできる。


「あの、ハナノさんに、手紙を送りたいんですけど…」

「なんで?電話すりゃいいじゃん」


あたしが花柄の便箋を手に取ったのを見て、ヒビキくんは首をかしげた。
た、確かに、用件が電話で済むならポケギアでいいんだけど。


「お金を、少しずつ送りたいんだ。ほら…お世話になったし、無理のない程度で…」


ハナノさんは傷ついたポケモンの心を癒してる。あたしには、そうやってポケモンを救うことは今はまだできそうにない。
ましてやハナノさんのような綺麗な心じゃないし、真似だって、できそうにない。
だからせめて、生活が圧迫しないように。

…とは言ってもあたしはまだまだ旅を始めたばかりだし、そんなにお金は持ってないけど。
塵も積もればっていうし!


「…やっぱ、ヒスイ、だな。手紙はポケセンの飛脚ポケモンが届けてくれるんだ。
 後でオレと一緒に行こう!」

「ありがとう、ヒビキくん」


ちょっとお疲れのマリルちゃんを抱いて、会計を済ませたあたしたちはポケモンセンターに向かった。



一言、便箋に簡単に書いてお金と一緒に飛脚さんのピジョンにお願いしたあたしはガンテツさんの家を通り過ぎたところでヒビキくんに片手を差し出した。


「送ってくれて、ありがとうございます」

「気にすんなって!でも、着いていけなくてごめんな。ウバメの森って結構薄暗いから気をつけろよ?」

「はいっ!」


ぎゅ、と握手して、手を離したその時、ヒビキくんが少し横によろけた。
赤の瞳が真っ直ぐとあたしを睨んだ。ヒビキくんを突き飛ばした本人。


「…聞きたいことがある」

「あ!てめぇ!」

「シルバー、くん」


マダツボミの塔ではこんな表情しなかったのに、どうして、彼はこんなにもあたしを睨みつけてくるのだろうか。
ヒビキくんと離れた手の平を少しだけ見ながら、「なんですか?」と視線を逸らした。
痛いくらい、彼の視線が突き刺さる。


「ロケット団が、拠点にしていた井戸から姿を消した。何か知っているか?」

「んなの知るかよ、それよりてめっ…!」

「雑魚は黙ってろ、俺はコイツに聞いているんだ」


つっかかってきそうなヒビキくんを再度突き飛ばして、視線だけあたしに向けた。
どうして、あたしに聞くの?それはあたしが関係していることを知っているから?

それとも、あたしなら、聞きやすい…と、か?(あ、ありえない!)


「さぁー…飽きたんじゃ、ないかなぁ」

「…とぼけるな、お前が追い出したことは知っている!俺と勝負しろ!」


やっぱり、ですよね…。

勝負勝負って、ジム戦で散々つらい思いした後で勝負なんてしたくないのに…でもテコでも彼は譲らない、つもりみたいで。
どうしようか悩んでたらヒビキくんが立ち上がった。


「ヒスイと勝負する前に、オレとしろ!オレが勝ったら盗んだポケモン返せよ!」

「フン…いいだろう、受けて立ってやる」


ヒビキくんの一言で矛先が変わったみたいで、心の中でヒビキくんに感謝した。
でも流石に放置は不味いし、成り行きを見守ることに。
被害の少なそうな隅に座り込むと、ポケギアを取り出した。

電話相手は、彼。


『もしもし?』

「ハヤトさんですか?ヒスイです」

『っ…!電話、かけてくれるのずっと待ってたんだ!』


ビックリしたように急に大きな声を出したハヤトさんに、すみません、と小さく謝罪する。
マリルちゃんとズバットが戦っているのを横目に、会話を進めた。


「なんとかツクシくんにも勝つことができました。ツクシくんとはお知り合いなんですか?」

『おめでとう!いやー…僕は好きだけど、ほら、あっちは虫タイプだからね…』


鳥ポケモンの魅力をいまいち理解してないんだよね、と大袈裟なため息が聞こえた。
あたしも虫より鳥だとは思うけれど、ああ見れば虫ポケモンも悪くないように見える…というか。


「でもツクシくんのストライク、すごくカッコよかったです。
 相性が良かったから勝てましたけど…」

『ヒスイなら相性が悪くても勝てると思うよ、僕は。』


次はコガネジムだな!と彼は意気揚々に言う。
コガネジムの前にうっそうと木が生い茂るウバメの森を攻略しなくちゃいけないのに。
幼虫っぽいポケモンが出ると思うだけで、肩が重くなった気がした。


「ハヤトさんみたいな鳥ポケモンがいれば空を飛んでひとっとび!ですよね…」

『でもタンバジムに行くまでは一般トレーナーは空を飛ぶが使えないからな…気長に頑張るといいよ!
 あっ、挑戦者だ…悪いな、またかけなおすよ!』

「はい、ジム戦頑張ってくださいね!」

『ッ…負けられないな、じゃあまた!』


ピッ、と音がして、電話が切れる。
視線をマリルちゃんに戻せば、ぐったりと力なく倒れていた。


「マリル!」

「口ほどにもないな…」


ズバットがフラフラと宙で旋回する。赤い光に包まれてボールに戻ると、今度はあたしに視線が投げられた。
ヒビキくんは悔しそうにマリルちゃんを抱いているまま。

近づいてきたシルバーくんに、強く腕をひかれた。


「わ、わっ!」

「勝負だ、ロケット団を追い払ったお前の実力を見せろ」


どん、と軽くヒビキくんの横に立たされる。
ヒビキくんのポケモンはまだマリルちゃんだけみたいで、勝敗は既に決していた。
彼の背にはウバメの森に続くゲートがある。ひと勝負しないと、きっと通してくれないだろう。

シルバーくんもバトル狂だなぁ…。


「わかりました、受けてたちます」

「フン…余裕でいられるのも今のうちだ」


彼がボールを投げれば、飛び出してきたのはゴースくん。
ゴーストタイプに格闘の真紅は合わないし…となると、頑張ってもらおうか。


「紅霞!暴れていいよ!」

流石ヒスイ、わかってんじゃねーか。ジム戦もつまらなかったしな…いっちょ暴れさせてもらうか

笑止…


す、とゴースくんが消える。どこにいるのか検討もつかなくなってキョロキョロとあたしは辺りを見渡した。
何かひとつ、そう、たとえば視線。彼は必ず何処かで機を待っている。
紅霞に攻撃するための、隙を。それは紅霞を見ていなければわからないはず。


「紅霞、視線を感じて!どこかが"不自然"だから!」

めんどくせェ事すんじゃねーよ…ったく


紅霞の瞳が閉じられる。あたしも同じように瞳を閉じた。
ゴースくんが現れたときに感じたものは?そうだ、寒気だ。
意識を集中させれば、きっと…


「ゴース、ナイトヘッド!」

「紅霞、後ろに火炎放射!」

言われずとも!


あたしと同時に気配を感じた紅霞は口から盛大に炎を吐き出した。
間一髪であたしはそれを避けたけど(だってあたしの方向だったんだよ!)ゴースくんには見事に命中する。

ふらり、と地についたゴースくんを黙ってシルバーくんはボールに戻した。
流石紅霞、とあたしも紅霞を下がらせれば、得意げな顔をした紅霞が足元でスタンバイする。

まだまだいけるぜって顔はダメだよ、他の子じゃないとウバメの森をこえられなくなっちゃうから。
頭を撫でれば意思が伝わったらしくその場にむっつりと座り込んでしまった。


別に俺一人で十分じゃねぇか…

「ありがとう、紅霞。」


当たり障りのない会話で誤魔化して(近くにヒビキくんがいるから)(流石に会話はできないよ)、腰に下げたボールを見た。
シルバーくんが出してくるのは、恐らくヒノアラシくん…もしかしたら、進化しているかもしれない。
となると翠霞だと危ないし、真紅は治ったばかりだから出したくないし…。

オレンジのボールを上に投げれば、水色の身体をくねらせてあたしを見た。


「ミニリュウくん、お願いしてもいい?」

えぇ、私の使う技は図鑑に載っていますから


図鑑を取り出せば、なるほど、使える技が書き出されるみたいだ。
ということは真紅の技もこれでわかるのかな?いやでも、そもそも図鑑にデータがないんだし…。

図鑑をじーっと見ていれば、どすん、と腹部が圧迫される。押された反動であたしは床にしりもちをついた。


嬢ちゃん冷たいわー!やっと会えたんに、図鑑ばっか見よって寂しいのなんの!

「ひの、あらしくん?」

ちゃうちゃう、進化したからマグマラシくんや。
 うちの主はもー全然名前つけてくれへんさかい、嬢ちゃんトコの子になりたいくらいや!


「そ、そっか…」

「ヒスイ?そのマグマラシに随分気に入られてるんだね」


ヒビキくんがマリルちゃんの治療の手をとめて頭を上げる。
不味い、聞かれた!と思った瞬間少しだけ遠くからシルバーくんの怒声が聞こえた。


「マグマラシ!さっさと戻って来い!」

ホンマ人使い…いやポケモン使いが荒いわ、草坊主は幸せモンやなぁ…自分も嬢ちゃんみたいないい匂いのオンナノコ!にぎゅーっとかされたいんに、なんでアレなんやろ…

「も、戻らなくていいの?」


頭をよしよしと撫でれば、紅霞がじろりとヒノ…じゃなくて、マグマラシくんを睨んだ。
爪が出てる爪が出てる!と慌てれば、意外にもすぐにマグマラシくんはお腹から退く。


嬢ちゃんと戦うんは気ィ進まんけど…まぁ、堪忍な

ふふ、貴方が戦うのは彼女ではなく私でしょう?

よう考えればそやわ!ほな、手加減せェへんで?ミニリュウ程度楽勝やわー。


飄々と戻るマグマラシくんの背を見ながら、少し、ミニリュウくんの無事が不安になる。
楽勝とか言われちゃって、それでもにこにことしている彼は肝が据わっているのか、心が広いのか。

確かに記憶ではミニリュウっていうと扱いが大変なポケモンだった。
数少ないドラゴンの中の代表だったし、カイリューともなると強かったはずだけど…
ミニリュウ、って、うーん…。


不安でしたら、下から2番目の技を指示した後、一番下の技を指示してください。

「…うん、頑張ろうね、ミニリュウくん」

はい、私も戦うのは暫くぶりですから…ふふ、手加減できないかもしれませんね


お茶目に笑うミニリュウくんを前に、マグマラシくんは背中の炎をより一層大きくした。
前よりずっと、気迫が違う。肌で感じる強さにあたしは息を呑んだ。

ひるんでいる場合じゃない。臆すれば、真紅のときのように今度はミニリュウくんを傷つけてしまう。


「マグマラシ、電光石火!」

「ミニリュウくん、電磁波で麻痺させて!」


マグマラシくんの身体がミニリュウくんに当たって、同時に強い電気が彼の身体を締め付けた。
ミニリュウくんは少しよろけたものの、持ち前の柔らかな身体を利用して簡単に受け流す。

ばりばりと痺れる体で動けないマグマラシくんを見ながら、次の指示を出す。


「えっと、龍の怒り…!」

では、参りますね


ひゅう、と音がして、ミニリュウくんが息を吸う。
彼は相変わらず柔らかな表情をしているのにも関わらず、頬がピリピリと鋭く痛んだ気がした。
足に力が入らないような、むしろ、全身がそんな感じ。威圧感とでもいうのだろうか、息苦しさを覚えた。

彼が吐き出したそれは、まさしく"龍の怒り"の如くマグマラシくんを襲い、あろうことか、彼のはるか後ろに立っていた木までをなぎ倒した。
地面が一本の道のように削られたその先で、ぴくりともマグマラシくんは動かなかった。


私としたことが、すっかり手加減できませんでした…ご容赦くださいね?


ニコニコとミニリュウくんが笑って、やっとマグマラシくんの少し大きくなった手がぴくりと動いた。
よ、良かった…生きてて…。
あまりの惨劇に言葉を失っていたシルバーくんもやっと動いてボールにマグマラシくんを戻す。

あたしだって、まさかこんなに強いとは、思わなかったんだってば。
そういうふうに睨まないでください…。(涙が出てきた)(あたしが悪いの!?)


「…チッ、誤算だ。」

「すげぇよ!ヒスイ!」

「わっ!」


急にヒビキくんに抱きつかれて再びしりもちをついたあたしは眼をぱちくりとさせた。
その瞬間、ヒビキくんが再度突き飛ばされる。(しかもさっきよりずっと強く)


「…ッ」

「シルバー、くん?」

「(油断しすぎだ、馬鹿…!)」


険しい顔をしたシルバーくんに首を傾げれば、眉間の皺3割増しであたしにお金を押し付けた。
くしゃくしゃのお金を受け取れば複雑な顔をしたシルバーくんがゆっくり口を開く。


「次は、必ず勝ってみせる。せいぜい首を洗って待っていろ!」

「あ、待って!」


立ち去ろうとするシルバーくんの手を掴んで、逃がさないようにぎゅっと力を入れた。
驚いたようにシルバーくんが振り返って、立ち止まる。


「マグマラシくんに、名前をつけてあげたら…どうか、な?」

「…は?」

「あ、いや、別に…あの、なんていうか」


どうしよう、勢いで言っちゃったけれどよく考えたら彼はあの、シルバーくんだよ!
きっと何馬鹿なこといってんだコイツみたいに思われてる…!

どうしよう、どうしよう。と視線を泳がせれば、ふ、と彼が小さく笑った。
柔らかい表情で、そんな不意打ちに胸が少し、うるさく鳴った。


「俺が、そんなことをするとでも思っているのか?」


思いのほか優しく離された手を戻してそうだよね、と曖昧に笑えば、またいつもの表情に戻った。
くるりと背を向けて、少しだけ、早足になる。


「気が向いたらな」


風に乗って聞こえたこの言葉が、どうか空耳じゃありませんように。
あの柔らかな笑顔のシルバーくんを思い出して、小さくあたしは祈るように目を閉じた。

彼も世界も、きっと変われるのだから。



2009.11.09



back

ALICE+