26 : 運命





じりじりじり。妙な鳴き声がさっきから森の中で響く。
ここはどこ?ウバメの森ですよ、奥さん。

あの後マリルちゃんとヒビキくんはポケモンセンターによってからワカバタウンに戻るって別れてしまったし、シルバーくんなんてもう既に姿がなかった。
よって!この虫ポケモンの聖地ウバメの森で!あたしはひとりっ!


アイツ、大丈夫かよ…死んだ魚の眼になってるぞ?

キャタピーかビードル見たら真っ先に追い払わないと、僕らヒスイを背負ってこの森を抜けなくちゃいけなくなりそうだね


紅霞と翠霞の会議も虚しく、あたしはいやーな鳴き声とか時折どこからか聞こえるガサガサッ!という葉が不自然に擦れる音に夢中でまるで聞こえていなかった。
一応恐怖心に勝てそうにないのでふたりを外に出しているにしても、外から外からと心を煽る音という恐怖にあたしは竦みあがっていた。

わかってるよ、虫ポケモンだって生きてるってことくらい…!
でもあたしの前にだけは現れないで!

祈るような気持ちで下を向くけど、むしろ下にキャタピーとかいるよねと背筋を凍らせた。
ふと、鞄が目に付く。少し汚れたあたしの鞄だ。


「あ、そうだ」

お、生き返ったな

「これ買ったんだった!」


緊張で忘れてた目的の物を鞄の中から半ば無理矢理取り出すと、じゃーんと効果音をつけてふたりの前に突き出した。
ふふふ、これがヒスイ様の最強装備!これさえあれば怖いものなし!


虫よけスプレー…?

「そう!これさえあればどんな虫も寄ってこない…はず!」


しゅ、とあたしとふたりに吹きかければ、少し煙たい霧が舞った。
煙たいことぐらい、キャタピーやビードルに比べたらなんのその!だ。


コクーンは大丈夫だったのに、幼虫系にホント弱いよね

「あの柔らかボディに耐え切れないんだよ…足がいっぱいも、嫌いだけど」


ついでに言えばGサマだって好きではない。いや、好きな人はいないと思うけれど。
素早いのなんのって…この世界にポケモンしかいなくてホントによかった!
黒の帝王(Gサマのことね)を思い返すだけでぞわり、とした。

でもそのかわり、幼虫ポケモンのでかさと言えば半端ないんだけども。
だって普通の幼虫や毛虫って指の長さぐらいでしょ?
キャタピーとかビードルとか抱ける基準だからね…!


ま、これでやっと進めるだろ

まだウバメの森にきてから300メートルも歩いてないしね

「まだそれしか歩いてなかったの!?」


急いで振り返れば確かに、小さくゲートが見えた。
今日中にここを抜けなければいけない(命の危険が迫ってる)(主にあたしに)ので、仕方なく気持ち大股気味に歩き出した。
虫よけスプレーで随分足取りは軽くなったとはいえ、なんとも嫌な森だろう。

空すら見えないのだから、不安になるのだ。


「こうして太陽がほとんど見えない状況ってさ、不安になるね」

僕のような草ポケモンは特に影響を受けやすいね、光合成ができないから


ゆらゆらと頭の葉っぱを揺らしながら翠霞が呟いた。
ウバメの森に草ポケモンが少ない理由が少し分かった。(ナゾノクサって、そういう意味ですごいのかもしれない…!)

ふと、翠霞が顔を上げる。


そういえば恒例のアレ、しないの?

「アレ?」

流石に"ミニリュウ"は呼びにくいんじゃない?


あ、とあたしが声を上げればくく、と紅霞が笑った。
忘れてた、すっかり。否、精確にはウバメの森に入るまでは覚えていたのだ。
ただ柔らかボディの彼らのことを思い出してすっかり片隅に追いやられてしまっただけで。(…)


「本人抜きで話すのも悪いよね、ってことで!」


ボールをふたつ、宙に投げれば勢いよく真紅とミニリュウくんが出てくる。
ボールの中から話を聞いていたように既に話は全部お見通しって顔のふたり。
大分、賑やかになったよね。

…いや、最初から賑やかだった。よく考えれば紅霞と翠霞が(何故かあまり)喧嘩をしなくなった気がする。
最初はどっちもつっかかって大変だったのに、大人になったってことなのかなぁ。

ん?大人になった?


「そういえばミニリュウくんって歳はどれくらい…なの?」

人間で言うと、26の年でしょうか?現実に生きた年月とはまた別の精神的なものですけれど…

「にじゅ…ろく…?」


思考が停止する。それは紅霞と真紅も同じみたいで、目を丸くしてミニリュウくんを見た。
だ、だって、こんなに小さくてこんなに可愛いのにあたしより年上だなんて…!
雷に撃たれた様な気分になって視線を泳がせれば、呆れたように翠霞がため息を吐いた。


龍族は特に身体の発達が遅れている分、精神面での成長が外見に比べて著しいんだよ。

「へー…じゃあミニリュウくん、じゃ馴れ馴れしいかも…」

ふふ、私は"ミニリュウくん"を卒業するのでしょう?


柔らかに、彼は笑顔を作る。そうだよね、と頭をふる回転させた。
うーん、ミニリュウくんのイメージイメージ…。

ちらり、と覗き見れば青と白の体。空とか、海を連想させる。
あたたかな海、海…よりは。

よし、決めた!


「白波、白い波って書いてハクハ!」

ハクハ、ですか?

「うん。嫌なこともたくさんあったと思う、ミニリュウくんが新たなスタートに白。
 そんなことがあっても柔らかであるその心をイメージして、波。」


今なら返品可能ですよ、お客様?とおどけて言えば、ふふ、と独特な笑いを溢した。


まさか、大切にさせていただきます


彼がどこか遠くを見つめるように目を細める。喜んでいるのか、それとも、何か思うところがあるのか。
その表情から今のあたしは何も読み取れなくて。
彼の視線を追うように同じ方を見れば、小さな小さな小屋のようなものがあった。

いや、小屋というより、あれは…


「ほこ、ら?」

はい、あれは時渡りをすると言われるセレビィの祠ですね

あれがそうなんだ?伝説のポケモン、だよね。


翠霞が興味津々に近づいていく。あ、と小さく白波が声を上げた。


悪戯してはいけませんよ?神隠しに合いますから

僕はそんな子供っぽいことはしないよ、でも、興味はあるね


長い首を更に長くして、顔を祠に近づける。頭ひとつ分上にあるそれを見るには少し身長が足りないようだった。
むっつりとした表情であたしたちの方に体を向けた翠霞は、目を丸くした。

小さく『なに、あれ』と呟く。
あたしたちも同じように後ろに視線を向ける。

必死な形相の男の人、その後ろの黄色の軍団。
男の人はあたしたちを見るなり力の限り叫んだ。


「そこのガキ、にげてくれええ!!」

「す、スピアーの群れ…!?」


土ぼこりを上げて、低飛行して追いかけられてる彼。あれ?どこかで見たことあるような。
なんてことを考える暇もなく彼(とスピアーたち)は向かってくる。
軽く、二桁は超えるそれにぞわりと身の毛がよだった。


「ど、どうし…」

馬鹿、はやく指示しろ!


そんなこと言ったって紅霞、森を焼き払うくらいの高威力の炎を使えばそれこそ山火事なんてシャレにならない!
だけどここで黙っててもあのトゲがあたしを貫いてしまう…!

でも、皆の力を使えばもしかしたら…


「よし、真紅、あの人をまず助けに行って!なるべくこっちに連れてきて!」

…うん


しゅん、と消えた真紅を確認してから、3人を確認する。
臨戦態勢はできている。


「翠霞、ボール型に光の壁をして、スピアーたちを囲むように!」

えっ…ああ、そういうこと。任せて!

「翠霞、一部の壁を解除して!白波はそこに向かって竜巻!」


白波の口から風が送り込まれて、閉じ込められた彼らは一部空いた壁から抜け出そうとするも風に押し返される。
でもこれじゃ威力は足りないし、彼らの怒りを抑えることはできない。


「紅霞!なるべく弱く火炎放射!」

だからいつまで経っても甘いんだ、よ!


吐き出された炎は竜巻に誘われて壁の中でスピアーたちの体力を削る。
炎の威力自体は火の粉程度なのだが、竜巻に煽られて熱風が壁の中で滞る。
じわじわと上がる温度についにスピアーたちが倒れていった。


「よし、成功!みんなストップ!」


これでスピアーたちの外傷も最小限に抑えられたし、周りへの被害もない。
我ながらよくやった、と内心自分を褒め称えれば、真紅がどさりと男の人を投げ捨てた。


「そんな扱いしちゃだめ、でもありがとう、真紅。
 …あの、大丈夫ですか?」

…ふん

「あー…死ぬかと、思ったぜ…」


彼はぐったりとして、そうだ!と頭を上げる。
いきなり上げられた頭に困惑してると、あたしの手を掴んで走り出す。


「ちょ、っ!」

「悪いっ、でも緊急事態でさ!ついてきてくれ!」


とりあえず紅霞と翠霞、白波をボールに戻して一番足のはやい真紅だけを出したまま、手の引かれるままに走る。
どこかで見たことあるな、この人。と思ってたら、そうだ思い出した。


「マクドナルドのアフロの人だ」

「マク…?いや、それよりさ、オレの友達がスピアーにやられちまって!」


がさがさと目的地についたのか、あたりの草木をかきわけるように進めば確かに彼の言うとおり友達らしき人物が横たわっている。
顔色が幾分も悪い。


「なぁ、なんとかできねーかな!?」

「そんなこといっても…!」


医者でもなければポケモン用の毒消ししかないあたしにどうしろと!
青白い顔をしたアフロさんの友達はすごく苦しそうに浅い呼吸を繰り返している。
手に取ったポケモン用の毒消しにはご丁寧にも「人間には使用しないでください」と書かれているし。

いやもうこの際どうしようもない!と毒消しを彼の口に突っ込もうとした瞬間、少し高い声が聞こえた。


あっ!あの時の!


パタパタ、と翼が宙を切る音が聞こえて、あたしは顔を上げた。


「ズバット、ちゃん?」



2009.11.11



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