27 : 巧妙





ズバットちゃんと感動の再会を果たしている暇もなく、横たわる彼の手を取ってアフロさんは涙を流し始めていた。


「ああ、オレがヒワダタウンに行ってみたいとか言わなきゃお前は死ななかったんだよな…オレが悪かったあああ!!」

緊急事態、なんですか?

「実はそこの倒れてる人がスピアーに刺されちゃって…!」


ポケモン用の毒消しはあるのだけれど、とズバットちゃんに説明すれば、彼女はにっこりと(恐らく)笑って、倒れている彼のほうに飛んでいく。
そしてあろうことか、彼の首を噛んだ。


「あっ!このズバットのヤロー!」

「あ、だめです、彼女は野郎じゃない!」

ヒスイ、突っ込むトコ間違ってる

「…!いや、ズバットちゃんにも考えがあって!」


多分!と強く言えば、アフロさんは少し悩んで、ズバットちゃんを掴みかかろうとしていた腕を降ろした。
確かによく考えれば毒を食らって既に瀕死な彼は追い討ちを受けるかのように血を吸われているのだ。
でもズバットちゃんは前に会ったときにも思ったけれど、ずっと礼儀もなっているし、通りかかった人を無闇やたらに襲うわけでもないと思う。(あたしは襲われたけれど)(あの時の彼女は既に重傷で、あたしを襲ったということすら定かでもなかったし…)

暫く、そうしていたズバットちゃんは顔を上げる。口の周りが血だらけだったのでハンカチを取り出して拭いてあげた。


毒は全部吸い出しましたから、この方はきっと大丈夫です。
 ただ血を思ったより多く摂ってしまったので少し貧血になられる、かと…



ふらり、とあたしの太ももの上に落ちるズバットちゃんを慌てて抱き上げて、今度こそ彼女に毒消しを飲ませた。
危険を冒してまで見たこともない彼を救ってくれたんだ、と思うと、なんだか苦しくなる。

世の中にはポケモンに対して冷たい人だっているのに。


「あの、アフロさん、彼の体内にはもう毒が蓄積されてないと思います」

「ま、マジか!?」

「でも多少貧血になると思いますから、暫くは起こさないであげてくださいね」


ズバットちゃんもゆっくりとあたしの膝の上で休んでいる。
暫くは動けないだろうし、付き添わなくちゃ。ポケギアを出せばもう夕刻を示していた。

今日はここで野宿かも…できれば、それだけは避けたい。
スピアーに襲われたり、毒で倒れた人を見ているうちになんだか前ほど恐怖心はなかった。
やっぱりこわいものはこわいの、だけれど。

す、と伸びた手がズバットちゃんの頭を優しく撫でる。「ごめんな、」とアフロさんが小さく彼女に謝った。


「お前、親友を助けてくれたのに、野郎とか言って…悪ぃ」

「…今はこの子もお友達さんも、ゆっくりと休ませてあげましょう?」


すやすやと眠るズバットを見てから、その視線を上げた彼と目が合った。
それにしても素晴らしいくらいのアフロだ、と思ってみれば、ニカッと人懐こい笑顔を向けられる。


「オレ、オーバ!コイツは親友のデンジ。お前は?」

「あ、ヒスイです。」


差し出された手を握ると、ぎゅ、と力を込められる。
あ、ちょっと痛い。すごく痛い。


「あんときは助けてくれてサンキューな!オレまでデンジみたいになっちまうとこだったし」

「オーバ、さん?は、どうして戦わなかったんですか?」


腰についているボールを見ればトレーナーだってことは一目瞭然。
綺麗に6個並んだボールに、彼は少しだけため息を吐いた。


「オレのポケモン炎タイプしかいねーからさ、森が燃えたとき鎮火できねーじゃん?」

「あ、そうなんですか!あたしも水タイプのポケモンっていなくて…」


ガタガタ、と音を出していきなりずっこけるオーバさんに、首をかしげた。
いきなりどうしたんだろう、やっぱり刺されたのかな?と顔を覗き込めば、今度はばっと顔を上げる。


「お、女…!?」

…苛々してきた、絞め殺したい

「え、なんで!?というかやっぱり気がつかなかったんですね!」


不機嫌な真紅の頭を撫でると(抱っこはズバットちゃんがいてできないし…)鋭い視線をオーバさんに向ける。
な、何が気に入らないんだろう?


「そういえば、ジョウトでリオルって珍しいな」

「…!そうだ、この子の技とか知ってますか?」


電光石火しか知らなくて。と言えば、彼も首をかしげた。
暫く悩んで、あー、と間の抜けた声を出す。


「知り合いの親父の知り合いがリオル…というよりはルカリオを使ってるはずだなー。
 でもオレは炎ポケモンしかわかんねーや。」

「そ、ですか…」

考えすぎ、ボクの技くらいボクがアンタに教えればいいでしょ。
 こんな変なアフロなんかに、頼るな



あたしの服の端を掴んで、小さく言う真紅は余程オーバさんが気に入らないのか、そこに皺を残す。
ふわふわした黒の毛を撫でながら(最近模様が少し出てきた気がする)オーバさんを見れば、ぴくり、と友達さんが動いた。

なんだっけ、デンジ、さん?

途端生気のない目がぱちりと開く。ぎょ、と起きた彼を見てオーバさんが目を丸くした。


「よぉデンジ、具合どーだ?」

「…なんか、フラフラする。」

「貧血だってさ、スピアーの毒をズバットが抜いてくれたんだぜ。
 オレ、もうダメかと思ったんだからな!」


じー、と彼はあたしの腿の上で寝てるズバットちゃんを凝視してから、徐々に、視線を上げる。
目が合って暫く、やるせない彼のほうが口を開いた。


「誰だっけ?」

「いや、初対面だって。こいつはヒスイで、オレを助けてくれたイイヤツ!
 どうしてもダメだったら山火事を起こすしかないと思ってたんだけどなー」


結構デキるヤツだぜ、とオーバさんが笑えば、いきなり、目の色を変えたデンジさん。(怖い!)(獲物を見つけた猛獣の目だ!)
がばり、と起き上がってあたしの方へ寄ってくる。腕を掴まれて、目の前の整った顔を見た。


「あ、の…」

「ポケモントレーナーなんだろ?俺とバトルし…」


最後まで言えず、彼はふらりとあたしの肩にもたれかかる。少し、ドキドキしたけれどそれどころじゃない。
貧血のくせに身体を起こすから…と支えれば、小さく耳元で「悪い、」と聞こえた。

死んだ魚っぽい眼をゆっくりと閉ざせば慌てたオーバさんが彼の肩を抱いた。


「あーもういつもこうだ!コイツさ、バトル狂でいつもこうなんだよな」


また横にされるデンジさんは、目の上に腕を乗せて「あー…」と辛そうに口を開けた。
鞄の中をまさぐれば、ボトルが手に当たる。
それをオーバさんに渡した。


「これ、どうぞ。少しゆっくりさせてあげてください」

「君が天使に見える…!実はさ、デンジが喉乾いたって言うから、水を探してたんだけどさ…デンジの馬鹿がスピアーの住んでた巣にあたっちまったみたいで、」

「それで…襲われてたんですね…」


マイペースな人、それが横になってる彼の印象。

彼が目の上に置いた腕を退かせば、機を見てオーバさんが水を渡した。
あたしがショップで購入してから随分時間が経っているため、ぬるくなっているけれど。
上体を少しだけ起こして(それを手伝うオーバさん)、水を口に含む。

あれ、なんだか、気まずい。(…)

ズバットちゃんを起こさないように抱いて、立ち上がった。


「あ、あの、ではあたしはここで」

「え、どこ行くんだ?」

「コガネシティを目指しているので…(野宿は、できれば遠慮したい)」

「んじゃ、オレらと反対なんだな。コガネってことは…あれか!ジョウト予選に出るのか!」


ジョウト予選?なんのことだろう?首を傾げれば、ぎょ、と彼が目を開いた。
水を飲んでいたデンジさんが(随分減っている、相当喉が渇いていたみたいだ)ボトルから口を離した。

じ、とまた生気のない視線をそそがれる。


「ワールド・アイドル・コンテスト。略してWICって呼ばれてる。
 オーバは本選の審査員で、俺は付き添い。コガネどころかほとんどの地方が注目してるコンテスト。
 知らないヤツがいるのに、驚いたな」

「えっと…す、ごく、田舎からきたから…」


苦し紛れに視線から逃れるように言い訳すれば、興味なさそうに「ふぅん」とだけ返事される。
まさかこんな大会をやっていたなんて、でも、シルバーくんと泊まったときに音楽番組を見てたのは記憶に新しいし、もしかしたら彼ですら注目してるのかもしれない。

かといってあたしはそんなものに足を止めてる暇もないし、どうでも良いのだけれど。


「でも、興味ないですから。それよりもジムに用事があって…」

「もしかして、コガネジムってアカネじゃなかったっけか?アイツジョウト地方の審査員だろ?」

「行けばわかると思うけど、審査員は暫くジムリーダーの役目を果たせないだろうな。」


それって、つまり。あたしが小さく呟けば、デンジさんは興味なさそうにボトルの蓋を閉めた。
「ああ、ジムは来週までは休みってこと」その一言が、ずしり、と胸に重くのしかかった。

つまり、コガネについてもジム戦はできない…いやでも、あれだよね、一回エンジュに行けばいいのかもしれないし。
コガネジムは後でも問題ないはずだ!

気を取り直したあたしはびし、と手を上げる。気合い十分なあたしの態度にやっと真紅が立ち上がった。
ズバットちゃんを帽子の中にそっと入れて彼らを見る。


「貴重な情報ありがとうございました。じゃ、コガネをすっとばしてエンジュに向かいます!
 どうぞスピアーにはお気をつけて!」


どのみち、この森は抜けなければならないのだ。ならさっさと行こう。
くるっと身体を180度回転させて歩き出す。「あ、またな!」と後ろでオーバさんの声が聞こえた。

にしても、WICって…すごい名前だなぁ。歩きながら虫よけスプレーを吹きかける。
またスピアーたちに襲われたら大変だもんね。

刹那、からん、ころん、と音が聞こえた。


人間が二匹、あっちにいる

「うん…?にしても、なんだろう、すごくなつかしい音のような…」


真紅の言葉どおり、足早に歩けば女性がこちらをちらりと見た。
綺麗な着物姿で、良い意味で厚い化粧が彼女を映えさせていて、少しどきりとした。
恐らく彼女は舞妓さん。


「おやまあ、可愛らしいポケモンどすなぁ。お名前はなんていいはるんどす?」

「あ、リオルってポケモンで、真紅です。」


じ、とリオルは舞妓さんを睨みつけている。それでもころころと彼女は笑った。
なんというか、強そうだ。心が。あたしなんか真紅に睨まれたらすぐに折れてしまうのに。


「真紅はんどすか…ジョウトではあまり見かけはりまへんな」

「え、えぇ、知り合いの博士の方から譲り受けたもので、シンオウ地方のポケモンらしいんです」

「…あのときの」


ぽつり、と溢して舞妓さんが真紅を見る。小さい声だったけれど確かに彼女は「あの時の」と言った。
でも、その有無を言わせないような真剣な表情に思わず聞くことを躊躇ってしまった。
すぐに表情を戻した彼女はあたしを見てまた少しだけ笑顔になった。

眉尻を下げながら後ろを振り返る。


「実はタマオはんが怪我しはって、動けへんらしいんどす…」

「タマオ、さん?」


彼女の後ろを覗き見れば、やっぱり美しい舞妓さんが座り込んでいる。
タマオさんと呼ばれた彼女のところまでいけば、足首を押さえて綺麗に座っていた。


「あんさんは…」

「あ、すみません、あたしはヒスイ、この子は真紅です。あの、お怪我をされたって聞いて…」

「道が悪うて、足を捻ってしもうて…」


ごそごそ、と鞄を漁れば湿布と包帯が出てきた。あたしがしょっちゅう怪我をするので外傷関係のものは買い込んでいる。
よく色んなところから落ちているのだから、それくらい買い込まないと紅霞と翠霞に叱られてしまうわけで。


「ちょっと失礼しますね」


処置をするために足袋を脱がせて少し赤く腫れた場所に湿布をかぶせた。
なるべく強く包帯を巻いて、再度足袋を履かせれば「おおきに、ヒスイはん」と彼女は笑った。

でもあの腫れは少し、痛そうだ。


「あの、背負いましょうか?」

「そないなことまでされはんでも、うちらはポケモンもおるし平気どすえ?」

「でも、女性だけでは、」

「ヒスイはんもおなごやないどすか」


くすくす、と後ろで傍観していた彼女が笑った。彼女の名前、聞いてないな。
ぼーっとそんなことを考えているとふと目が合う。


「うちはコウメ、方向音痴で迷ってしもたんどす…森の出口、どちらかご存知どすえ?」

あっち、あそこの角を左に曲がれば、人間の気配がある


あたしが答える前に(答えられない質問だったけれど)(だってあたしだって出口には着いていない)真紅が指を刺した。
まだ木々に囲まれて薄暗いその奥は見えなかったけれど、コウメさんは唇で弧を描く。


「随分賢いポケモンどすなぁ…助けていただいて、ほんまにありがとう」

「あ、いえ…」


有無を言わせないその言葉に、本当に大丈夫か不安になってしまう。
同じ女性なら虫ポケモンは苦手だと思うのだけれど。

でも余計なお世話かもしれない。そう思って立ち上がって頭を下げた。


「では、お先に失礼します。どうかご無理をなさらないでくださいね」

「おおきに、ヒスイはん。ほなまた」

「ほなまたー」


彼女たちにもう一度頭を下げて真紅の刺した方角に足を進めた。
日が落ちて完全なる闇に溶ける前に、あたしはようやくこの鬱蒼とした森を抜け出せそうだ。
気持ちが軽くなって足早に歩く。


「あの子が、ウツギはんの…」

「ヒスイはんなら、きっと」


彼女たちの呟きは、夕暮れに溶け込んだ。



2009.11.12



back

ALICE+