02 : Together





「真紅!!」


腕に捕らえたふわふわの毛の彼の頭に顔を寄せて、その感触を堪能した。
赤い瞳が揺れたのをあたしは知ってる。
何があったのか、聞かなきゃいけないんだけど…でもまだ真紅の心が落ち着いてない以上、詳しくは。

それにまだ少し余裕がある。あたしが再度彼を見つける、最大でもそれしかないけれど、少なくとも今すぐに出さなければいけない答えではない。
だから何も聞かない。聞けない、のかもしれない。

大丈夫?って、いつもの調子で聞けなくて、ふわふわの頭を撫でるだけ。
大丈夫か聞いたら、まるで、大丈夫じゃないような気がしてくる。普通にしなくちゃいけないのにな、って身体を離したら苦そうな顔の真紅と目が合った。


バカな事、考えなくていい。ボクは平気。

「……そっか。良かった!」


わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でる。
身体は大丈夫そうだった。気だるそうな瞳はしているけれど、多分、精神的な問題。
真紅は少しだけ脆いところがあると思う。上手く、発散できなくて自分の中に閉じ込めてしまうような。
そうして欲しくないのにどう接していいかわからなくて。あたしもまだまだ子供だということなのかもしれない。

ただただ頭を撫でるばかりで重くなってしまった空気にため息を吐きかけたその時、扉が無遠慮に音を立てて開いた。


「おはよう」

「あ……レッド、さん」


無遠慮の原因は昨日あたしを救ってくれた伝説のポケモンマスターで。
赤い瞳が真紅を見て、「大丈夫なの」と呟いた。あたしが聞けなかったその一言をこうもいとも容易く聞けてしまう彼が羨ましい。
真紅のプライドを尊重して、小さく頷いた。もう少しはっきりとわかるように頷くかいっそ反応しなければ良かったと後悔したけれど彼はさほど気にもせずに「そう」と小さく吐いただけだった。


「で、追うの?」


主語は存在しないその問いかけに、何の事を指しているかなんてことは明白だった。
"彼"を追う。"彼"は、どこに行ったのだろう。

でも前にレッドさんに教えてもらったようにまずはシオンタウンを目指そうと思う。そうすれば何かわかるかもしれない。
真紅も回復したみたいだし、翠霞たちもそれほど疲れてない。今日中に出発できるだろう。


「はい。まずは教えていただいたシオンタウンのフジご老人にお会いしようかと…」

「…………ジムは?」

「は?」

「だから、ジム」


彼の言っている意味がよくわからなかった。ジム?ジムになんて一々寄っていては"彼"があの変な服の集団に捕まってしまうかもしれない。
それだけは絶対避けなければならない。

彼が二度の恩人なのは重々理解しているけれど、でも、そんな時間なんてない。
その予定は、と首を振る。彼だってわかっているだろうに。忘れてしまったのだろうか、ラプラスに乗って話したこと。ぼんぐりの木の下で話したこと。

強くはなるべき、かもしれない。シルバーくんの教えてくれたこと、忘れたつもりはない。
でも時間も、あの集団の彼らだって待ってくれはしない。

冷たい、あの瞳。ぞくりと背中を戦慄(わなな)かせる視線。
止めなくちゃ、と唇を固く結んで床を睨みつけた。

これは、あたしのやるべきこと。あたしの為すべき、こと……!!


「今のあんたは、弱い。力不足」

「ッ…それは、わかって!」

「わかってない。あんたはカントーのジムをまわるべき。"あいつら"、ロケット団みたいに甘くないから」

「・・・っ、え?」


真っ直ぐな視線を感じる。彼の持つ、虚ろな瞳ではない。獲物を見定める、狩人。
真紅が慌てたように腕を掴まなければ、軽い衝撃波をあたりに放たなければあたしは足が竦み腰を抜かしたかもしれない。
衝撃波を受けた医療機器や器具ががしゃん、と音を立てる。

これが、頂点。

ぞくりと身を震わせた。彼にはっきりと言われたのだ。もしかしたら彼は知っているのかもしれない。
( -- 何を? )
あたしの実力を理解した上での、忠告だとしたら。
( -- だとしたら、どうするの? )

でも、間に合わなかったら元も子もない。あたしは、"彼"を、助けるために旅をしているのに。


「あたしの旅の目的は、お話ししたはずです…!」

「知ってる。
 でも、あいつはそんなに弱くない。…俺も捕まえられなかったから、保障する。
 だからあんたは強さを手に入れるべきだと思う。強さ以外のものはもうあんた、持ってる」


見合う強さだって、あんたの意思次第で手に入れられる。
真っ直ぐな瞳に射抜かれる。彼はあたしという表面を見ているわけじゃない。内面も含めてあたしという全ての存在の可能性を、検討してくれている。

その結果、強さが…足りないのだと、教えてくれているだけ。
避け続けてきた強さの獲得という課題は、とてつもなく重たく感じた。
でもやらなければ誰も救えないのなら。終わりを迎えてしまう、というのならば。

誰も傷つかない強さを手に入れるために、今一度『覚悟』を。


「……出てきて」


4つのボールとポケギアを掲げた。広かった室内が一気に狭くなる。
彼の肩に乗ったピカチュウくんがびっくりしたみたいに耳をぴくぴくとさせる。

紅霞の瞳が細められ、視線は彼に移る。覚えているんだろう。紅霞も、レッドさんも。


「話があるの。」


一番狭そうにしていたギャラドスさんが長い尻尾を折りながら視線を向けてくれる。
白波は難しそうに笑って、それから、翠霞は紅霞とレッドさんを交互に見ていて。
橙華は白波の頭の上でじっとしている。視線は、どこにあるのか少しわかりづらいけれどたぶん、あたしを見てくれていると思う。

真紅は…俯いて、きっと、まだ元気がない。
思い出させるのは酷だと思う。でもあたしと同じくらい強さが必要なのは真紅、あなたもきっと同じ。


「カントーのジムに挑戦します。今回の目的は足りない強さを補うため、だから…厳しくなるかもしれない。
 でもあたしは傷つけたくないんだ、皆も、彼のことも。できれば、誰も。
 だから……協力してくれたら、嬉しい、…な?」


右手を、俯いたまま差し出した。どんな顔をしていいかわかんなくて。頼っていいのか、不安で。
ふと差し出した右手が何かに巻きつかれる。視界に入った蔓があたしの上に向けられた手のひらを返す。
そのまま、唇が落とされた。


ヒスイが否定しようと、ヒスイは僕のマスターだから。どこまでだってついていくよ

「翠霞…ありがとう」


そのまま手を彼の横顔に滑らせる。いつも助けてくれてありがとう。一緒に強くなろうね、って言おうとして、撫でていた腕を強く引かれた。
こんなに強引なことをするのは大体、紅霞だ。


エロ草は頭だけはよく回るからな。…わかってンだろ?俺だって、家族だ

「紅霞…うん、もちろんだよ。紅霞がいないとあたしも翠霞もさみしい」

そこに翠霞の名前いれるあたりホント……はぁ、

「・・・?」


紅霞の腕の中でまったく理解できずに首を傾げていると後ろから優しく肩を抱かれる。
甘いにおいが、ふわりと香る。


いつだって私はヒスイの騎士でありますよ。

「白波……ん、ありがとう。」


頭を軽く後ろに擡(もた)げてその胸に預けた。
優しく笑う彼の表情はいつもあたしを落ち着かせてくれる。彼ほど周りをよく見ていられるポケモンはいないだろう。

彼の頭の上にいた橙華も『橙華ヒスイ一緒行く、約束!橙華まだまだ強くなる、橙華、頑張る!』とぴょんぴょんと跳ねた。
彼のこともわからないけれど(そもそも橙華に性別があるのかすら謎だけどさ)、もっと知っていかないと。もっと信じないと。

それから、彼のことも。


俺だって伊達に歳ばかり食っちゃあいないさ。

「…これからもよろしくお願いします、ギャラドスさん」


彼は、まだ、何かをあたしに言えずにいる。
それが何かなんて察することができないけれど、紅霞の目の傷だって、これだけ仲良くなったとしても聞いてないんだ。
もっともっといっぱい話して、いっぱい、触れ合わないと。

その瞳の奥で一体誰を見ようとしているのか。
…白波と翠霞は恐らく、あたしと同じくらいの、またはそれ以上の違和感を感じているはず。
それでも何も言わないのは彼を尊重しているからだ。
そして恐らくあたしに害はないと判断したから。ギャラドスさんは良い方。時々、物憂げにしているときがあるだけで。

凶悪ポケモンのギャラドスっていわれるくらいなのだから何かあったとしても、わからなくもない。
現にチョウジの人間だってギャラドスにはたじろぐ程だ。

ギャラドスさんの顔を撫でる。其の奥に小さくなった真紅を見つけて、皆から離れた。


「真紅、・・・こわい?」

・・・・・

「あたしは、こわいよ。でも真紅と乗り越えられるなら、こわくなくなる。」

いみ、わかんないし…

「途中で見捨てないって約束したから。つらくてもくるしくても、真紅といるって、あの日決めたから」


右手を、同じように差し出した。でも、その手にぬくもりを感じることはなかった。

代わりに、頬をくすぐるふわふわの毛。痛いくらい締め付けられる身体。
宙に浮いたままの腕をその背に回してぽんぽんと叩いた。


「ありがとう、真紅。」

当たり前でしょ、途中で見捨てたら……みすて、たら…


繰り返し呟いて、既に過剰なほど力を入れられていた腕が一瞬更に背に食い込んだ。
骨が少し悲鳴をあげて、苦しくなって息を止めた。でもそれはまたすぐに柔らかい抱擁に変わって。


アンタが見捨てても、ボクは見捨てないから。ずっと、一緒だから

「見捨てないって約束した以上置いてくことなんか絶対しません。だからもっと」


あたしに甘えて、と言いそびれて体が離れた。爪が少し食い込んで痛い。
腕は血のように黒いソレに掴まれている。


「紅霞、」

テメェには前科があるコト忘れてンじゃねーの、真紅

なんのこと?

氷の抜け道でのこと、忘れたとは言わせないよ


翠霞まで参戦してきててんやわんやで、ただ、氷の抜け道のことを思い出してひとり赤面してしまう。
ああそうだ、真紅に、きっ・・・きす・・・・・・・!!?

ひいい!と両手で頬を包むように俯く。あああ、別にはじめてじゃあないし!そうだよ、べつに、あれくらいスキンシップだとおもっ・・・
欧米か!ってつっこみが頭の隅でされたけれどどうでもいい。考えちゃダメだダメだ『別にキスぐらいいいじゃん。まぁ、してないけど』・・・え?


「真紅、今、してないって言った…?」

うん。してほしいんなら今すぐしてあげてもいいけど?


ニィーッと口角が意地悪く上がってああ、遊ばれてたんだってようやく気づいた。
くそうこの悪戯っこめ……!!


「真紅のバカ!」

ヒスイほどバカじゃないし。

ンだよ、未遂かよヘタレ犬

何もできない五月蝿いトカゲよりマシじゃない?


てっめ…!と紅霞があたしの脇をすり抜けて真紅に掴みかかろうと手を伸ばして、するりとそれをかわす真紅を呆然と見ていると後ろから肩を叩かれた。
あ、やば…忘れてた。つい、うっかり。


「話、ついたみたいでよかった」

「あ、はい…お待たせして、ごめんなさい」


レッドさんにぺこり、と頭を下げておく。
というかこの人…今まで散々ポケモンと話してたあたしに何のつっこみもせずに「そう、よかったね」と無表情で言うあたりちょっと(いやかなり?)抜けているとおもう。

肩に乗せたピカチュウの鼻をくすぐりながら表情のないまま、虚ろな瞳が少し俯いた。


「レッド」

「…あ、はい、存じてますよ、レッドさん」


知ってる知ってる、あなた有名人じゃないですか。と頷けば彼の視線が重たげに上げられた。
何言ってるの?みたいな視線を向けられても困ります。
言葉少ないなぁ、この人・・・。


「自己紹介」

「………ああ!あたしはヒスイっていいます、今日は本当にありが」

「ヒスイ。明日から、よろしく」


旅。そう言い残して背を向けた彼に、あたしの背後の彼らが『は?』『へ?』『なにそれ』『どういうこと?』とそれぞれ声をあげる。
いや、あたしが聞きたい。

遮られた言葉が口の中で消えていって、代わりに明日からは彼とジムに行かないといけないのだろうか、とぼんやりと考えるしかなくなってしまった。



2012.04.06





back

ALICE+